リュカの日記

2006年05月11日(木)

今日は午前8時10分頃に目が覚めた。
俺は車の音が大嫌いだ。
俺の部屋は、マンションの一番端だ。
机が置いてあるのは、さらにその部屋の中で一番端だ。
俺の部屋の外には歩行者通路があり、その通路のすぐ横が国道になっている。車の音が常に聞こえる。
数秒ごとに車が通り、車が発するエンジン音の抑揚に、いつも意識を向かされる。
ブゥゥゥー・・・ウウンウン!!フォァァァアアアーーーー・・・・・
気色悪いその抑揚に、無理やり意識を止めさせられる。
それが通り過ぎるまで、考え事を再開出来ない。
それが通り過ぎていって、そして再度考えようと思った瞬間、またブゥゥウウーーー・・・
この繰り返しだ。
たまらない。
目が覚めたのは午前8時10分頃だが、寝起きに少し考え事をしようと思うと邪魔されて邪魔されて邪魔されまくって、結局今の時刻は午前9時26分。
いつも、こんな感じで数時間奪われる。
これじゃ、マンションの15階に住んでいても意味が無い。
邪魔さえ入る事が無ければ、一体一日の時間をどれだけ有効に使えるだろう。
俺が起きてる時間の内の8割程度は、何かの妨害によって奪われている。
今日の授業は1時限目からだけど、出席できるかどうか分からないな。
今の時点で、すでに授業は始まってるし。

今日の日記を書こうと思って席に着き、その瞬間に母親が帰ってきてガタガタと物音を立て出す。
母親が家に帰ってくる直前(日記を書こうと席についたその刹那)、「こんな時こそお母様がご帰宅なされそうだな!」と思ったら、本当にその3秒後くらいにチャイムの音だ。
いつもジャストだから、邪魔が入る時には大体分かる。
入らなければ入らないで「邪魔が入らない訳がない」とプレッシャーを感じるし。
とりあえず、ここで日記を書くのは中断だ。
ずっと、母親がガタガタ音を立て続けている。
「邪魔される可能性が消えるまで、消えるまで」と、じっと息を殺して音が止むのを待っている。
物音が消えた。母親がリビングの方に消えたのだ。
日記に今日の事をまとめようと思っても、一度散らされ中々元の心に戻れない。しばらく漫画を読んで、ゆっくり気分を落ち着けさせる。
数十分経ち、やっと気分も落ち着いた。
さあ、今日の日記を書き始めよう。
再度椅子について、パソコンに手を伸ばそうとしたその瞬間。
ピンポーン!
その瞬間に親父が帰った。
わああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!
発狂しそうになった。
はらわた煮えくり返ってしょうがない。
俺の部屋の床に放置されてる小刀で、親父を抉り殺してバラバラにしてやりたい衝動にかられた。
まだ午後18時前後の早い時間だったのに。
こんな時間に親父が帰ってくるなんて。
昨日は午後19時過ぎに日記を書こうとし、その瞬間に親父が帰った。
今日は早いので、親父だけはありえないと思っていたのに。
自分は超能力者じゃないだろうかと思えるほどに、ピタリとこうだ。
(別に、仮にそうであっても俺には今更何も驚く事なんて出来ない)
やっぱり、俺が何かを纏めようとしようとすると、そうなるようになっているのか。
それから、1時間半ほど気分を落ち着ける事が出来ずに、その間度々叫んでた。「ぎゃあああああああああああああああ!!!!!!」とか。
タイミングが合ってしまった事については親父の意図が無いにしろ、その後の事は親父の意図だ。
奴からしたら、「たとえ邪魔になろうが構わない。構わず作業を続けてやろう。それでも文句を言わせないのが、自分にとってのステータス」だ。
また、俺が母親に邪魔された事についての文句を言うと、親父は必ず便乗してくる。つまり、俺がこれだけリアルタイムで嫌がっている邪魔な行為を、進んで自分も行おう、と。
そして、その矛先が「母親一人」ではなく、「母親と一緒に自分にも」向いてしまえばもうけもの。それは親父にとって悦なのだ。連帯できる、と。
そして、母の前で「なんじゃあ!!」と俺に対して罵声を浴びせる機会でも得られないかと伺っているのだ。それは、親父にとってこの上もない喜びとなる。
俺にはそういう意図が全て読め、死ぬほどはらわた煮えくり返る。
俺は親父の性格を熟知している。
胸糞悪くてしょうがない・・・
この憎しみをガス抜きしたくて叫び続ける。
憎悪が滾ってしょうがない・・
現在午後19時34分。
いつも時間を奪われる。

今日の授業は1時限目からだったけど、1時限目の「人間関係論」に出席する事は出来なかった。
もしかすると、この授業には一度も出席出来ていないかもしれない。
2時限目の「美学美術史特講」から出席した。
今日は学校に居る間もずっと陰鬱な気分で、あまり授業に集中する事は出来なかった。でも、多分これくらい陰鬱である方がちょうど良いのだ。
激欝だった昔なら、今日くらいの感覚を受けると「なんか、今日は落ち着いてるな。ずっとこんな感じの気分でいられたらいいんだけどな」と感じていたに違いない。
以前の自分にとっては平穏だけど、現在の自分にとっては陰鬱として区分される。これが以前と今の心の差。
いつもはグダーっと慢性的に麻痺し切ってるような感じで、逆に気持ち悪いほどなのだ。
今日くらいの気分である方がちょうど良い。
その気分を元に、授業中にも色々な事を考えた。
ショタコン野郎に悪戯された上でショタコン野郎を受け入れるあの子を、俺は敵視し続けているのだと思う。
自分がそれをされたのに、そういう人種を慈しむ。
俺にはそれが許せない。何で俺にそんな態度を見せたのだろう?と。
どちらにしろ、奴らを憎む態度を見せたところで、俺自身がショタコンだから、自分を憎まないその子の事が許せなかったに違いない、とも。
もしもあの子がされてなかったら、とか考えた。
あの子がレイプさえされてなければ、あの子がレイプさえされてなければ、あの子がレイプさえされてなければ・・・
しばらく、心の中で馬鹿みたいに反芻してた。
今日はいつもと少し心の状態が違っていたので、それについてどうしようもなく悲しくなったり、喚き散らしたいような衝動にかられた。
ズンとした絶望感を味わう事が出来たのだ。こうでなくてはならない。
こんな現実を目の当たりにしてるのに、これを感じられない普段の自分は至らない、と。平穏を感じて。
逆に言うなら、その子がそういう目に遭わされたという事実に対して、今の自分は平穏を感じてしまっているんじゃないのか?とも言えてしまう。
その子がされたという事に、ショックを受ける事が出来れば安心、という事になってしまう訳だから。
でも、俺はそれ以上は考えない。
それを考え出してしまうと、さらにどうにもならなくなってしまう事が分かっているのだ。
しばらく、「あの子がそういう目に遭ってさえいなければ・・、そういう目に遭ってさえいなければ・・」と、擬似的な絶望感や悲しみに酔い続けているような状態が続いた。(擬似的だというのは、ショックを感じる事が出来たという事に、心の裏で安心している部分が強かったから)
あと、あの子は自分にとって、擬似的な抑うつ効果を持っていたのだ、とも。本物ではなく擬似だとするのは、その子が実はそういう目に遭わされていたから。そういう目に遭わされてなければ本物だった。
こんな偽者の状態で麻痺してきても意味がない。
これで納得もいかないまま、絶望してるはずなのに麻痺してくるから、あのまま欝であり続けたより最悪の結果だ。
だったら、最初からそんな効果は与えてくれない方がずっと良かった、とか。
そう感じてしまうのは、かなり自分中心で酷い感じ方なんだろうけど。
あ〜、本当にそういう目に遭ってなければな・・・
昼休みになった。
弁当を食べた。
3時限目は「情報科学」
C言語、プログラミングについての初心者講座みたいな授業だ。
ついていけなくなりたくなかったかったので、この授業はあまり他の事を考えずに真面目に受けた。講師から、「ちゃんとノート取れてて偉いな」とか言われた。
4時限目は「文献探索論」
授業中、スクリーンで授業の課題の提出方法などを説明していた。
その間、俺は机に突っ伏したりして色々考えようと試みていた。
だけれど、何も考えられない。
さっきと比べ、凄く中途半端になってしまう。
だから、結局何も考えない。
ただ、机に突っ伏し続けるだけだ。
早く授業が終わってくれ、と思い続けた。
授業を受ける気もなく、さらに考えられないのなら、終わってくれる事を望む以外に何も無い。
何もしていなかったせいか、授業時間がやたらと長く感じられた。
授業が終わり家に帰った。
帰りに、「彼岸島」の13巻と14巻と15巻を買って帰った。
それから家で1時間ほど漫画を読み、今日の事を日記に書こうと思った瞬間、前述した通りの出来事が。

何で性欲が「愛情」として捉えられているのか理解できない。
性欲とは、自分が快楽を得るために、相手を貶め苦しめながらも満たせるものだ。
それを「好きだったらそういう欲が沸いてもしょうがない」みたいにされているのは何故なのか。
好きだったら相手を苦しめ快楽を得たくなるのも当然の事、という事だよな。
何で性欲が愛情と同意義みたいに扱われるのか。
あり得ねえよ。
どんな形であれ、欲を満たす事を「愛する」と表現されてる事は多いよな。
少年を拉致監禁し、欲の限りになぶりまくって最終的には絞殺してきたジョン・ゲイシー。
「少年を愛した殺人ピエロ」なんてキャッチフレーズもついている。
少年を犯す行為を「愛した」と。
なんだこれ。ウケ狙いか。
でも、これも一般的な表現とされている。
世間は異常だ。
そんな言葉じゃ済まされない。
自分の都合で欲を美化する卑劣で腐った最低の汚物。
それが世間一般的な人間像の真実だ。

何も知らされないまま、一度安心させられてしまったからな。
そういう目に遭ってないんだと信じた上で希望を持って、それまで感じ続けていた苦しみを途切れさせてしまったのだ。
そして、その後実は信じたものは間違いで、実はそういう事になっていたのだと知らされる。
すでに、一度は偽者のに希望に苦痛を途切れさせてしまった後だった。
どうしていいか分からなくなる。
そして、訳も分からず麻痺していって。
それに対して納得できず、ずっとモヤモヤし続けるしかなくなってしまった。

そういう目に遭わされてしまったそういう子。
価値が感じられなくなるどころか(0になるどころか)、絶望的な存在なんだ、と、負の存在にしか感じられなくなってしまう。
認める訳には行かない現実を運んで認識させてくる、認める訳には行かない存在。と。
何より素晴らしい存在なのに、何の価値もない生ゴミ以下の人種によって、負の存在にされてしまう。
最悪だ・・・
ああああああああああああああああ!!!!

ほんともう最悪で最悪で最悪で最悪で最悪すぎて・・・・・・

何でもいいからぶっ壊したくてたまらない。
落ち着かない・・

今日はビデオが半額の日なので、ビデオ屋に行ってきた。
「ザ・リング」「テキサス・チェーンソー」「誰も知らない」をレンタルしてきた。
ビデオを選んでいるうちに、大分気分も落ち着いてきた。
数日前に2本ビデオをレンタルしたが、「コンクリート」をまだ観てないので、その2本のビデオはまだ返却しなかった。
現在午後23時53分。
とても眠い。


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リュカ

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