リュカの日記

2005年11月07日(月)

中1の少年が出てきた。
タイプ、とは言えないような感じの少年だ。
話してみると、「自分は小学校3年生の中頃から家出をしていて、現在まで一度も家に帰っていない」「公園で知り合ったオジサンと一緒に暮らしている」と言う。
俺は、「今のうちに自分の元の家に戻った方が良いよ」みたいな事を言ったと思う。本心ではどうでもよく思っていたのかもしれない。ただそうする事が一番無難なように感じられただけで。
何故か、俺もその家に訪れる事になった。
その少年の言う、オジサンに挨拶された。
この中年はショタコンだろうか、と考えた。
でも、その少年は俺にとってタイプではない。
以前の意識を持った上で、それもタイプの子にならともかく、今現在の自分はこのタイプではない少年に対して、心底「戻った方が一番いい」と感じているとは思えない。ただ言葉で浮かぶだけで、どうでもよかったんだと思う。
少なくとも、俺の無難な意識から来る言葉は、少年の「戻りたくない」という気持ちには負けていた。
少年は帰るつもりはなかったみたいだし、俺もそれ以上はあまり強く言う事もなく、その家を後にした。
今日は午前5時過ぎに目が覚めた。

コーヒーを淹れにリビングに行った。
親父がすでに起きていて、テレビからはCMでカーペンターズの曲が流れてきていた。
俺は昔から本を読んだり考え事をしようという時、周りの雑音に意識が行かない為に音楽をかける事が多かった。
17くらいの頃、よくカーペンターズのアルバムをCDで流していた。
テレビから流れてくるその曲を聴きながら、「もう6年近く経ったのか」と、自分が歳を取った事を実感した。
欝を意識し出した時期だし、あれだけ身近に感じられるのに、もう6年。
歳を取りたくない。

1時限目のイタリア語の途中から出席した。
2時限目は、ずっとジャンプを読んでいた。
3時限目はノートを取った。
4時限目はボーっとしていた。
学校に居る間は色々考えていた気がするけど、いざ帰宅してみると殆ど記憶に残っていない。こんなものなのだろうか。
苦しんでいる時に支えが居るのと居ないのとでは、全然違う。
激欝に苛まれていた頃からそう感じていた。
大事な人に支えられながらも苦しんでいる人間を、物語などでよく目にする。お前らそんなに苦しいか、俺には支えが居た試しなんて無かったぞ。
どんなに苦しみもがこうが、救いなんて全然無かった。
そんな事を考えていたような気がする。
ことごとく奪われてきたから。
でも、支えになり得そうな人間が居た事を知っている。
認める事の出来ない存在だけど。
だから、中途半端ながらもこんな感じに収まったのか。
完璧じゃないから、その半端さがストレスなのだが。
あの子からなら何かを得られると期待したのに、何も得る事は出来なかった。それさえなければ得られたものを、得られないなら苛み続けているしかないんだ、と。
どちらにしろ依存なんだな。
得られていたら続いていたもの、得られない事が分かった後でも途切れさせまいと、その存在を意識に置いてる。マイナスとして。
その存在を途切れさせないようにしているのだと思う。
得られていたはずのものだから、と。
そういう目に合ってない、じゃないと許せないのだ。

自分の板で下衆野郎のレスを目にし、またネチネチと嫌なストレスがかかって息苦しい。メッセの子を気遣うというより、個人感覚でストレスなのだ。
また、俺と同じくそいつを否定している名無しが居たが、そいつ自身もショタコン野郎だったりするのだろうか。
ショタコン野郎に特有の、「結果的に飛び下りさせたそいつは悪いけど、自分が少年に手を出す事は別物だ。自分を否定される筋合いはない」的ご都合主義で腐った信念持ってそうで胸糞悪い。
まだ、そいつら自身がショタコンかどうかも分からないので何も言わない。
分からないままでいるのが楽だけど。

また欝の感覚が沸いてきた。
感覚だけなので、あまり意味がないようにも思うが。
意識と連動してないと、思い入れてるとは感じない。
だから、納得出来る類じゃない。
締め付けられるような嫌な感覚が続いている。
例のごとく、コーヒーでもガブ飲みして沈めるか。
以前、欝に苛まれていた頃、自分自身を今より認めていたと思う。

ずっと気分が落ち着かない。
少しキツイ・・


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