リュカの日記

2005年10月31日(月)

サイト編集でクリスマスソングを探していて、Kinki Kidsの「ひとりぼっちのクリスマス」を見つけた。
「シンデレラ・クリスマス」の方が有名だけど、ひとりぼっちの〜の方は俺が中3頃に買ったシングル「愛されるより愛したい」のカップリングになっていて、色々と思い入れ深くて好きな曲だ。
しんみりと来る。
曲の後半でJrも歌に参加してきて、綺麗な声を聞かせてくれる。
「ひとりぼっちの」とか言ってるけど、こんな可愛い声をした子たちが周りに居てくれているのに、彼女が居るよりずっと幸せな事なんじゃないか?と、歌詞を聴きながら感慨に浸っていた事を覚えている。
そういう男の子にとってもクリスマスは嬉しいんだろうな。
どういう過ごし方をするのだろう、と妄想に浸ったり。

結局、今日も徹夜でサイト編集に没頭してしまった。
最近そればかりだな。
今日の授業は1時限目からだ。
本当、最近全然考えてないな・・
メッセの子からもメールが来なくなってしまった。
返事が薄くて、嫌な気持ちにさせてしまったのかもしれない。
その子にとっては今が苦しい時なのに。
普通に返しているつもりでも、気持ちが薄いとやっぱり文章に出てしまうのだろうか。酷いな。

もう、絶望してない事に対する罪悪感も、あまり感じなくなってきている。
ただ、願った形にならなかった事への神経質なストレスというか、そんな感じなのかもしれない。
ちゃんと想う事が出来なくて、今まで接したそういう子を裏切っているような気持ちにしかなれない。
自分は全然懐かれたり好きになられたりするに値するような人間じゃないのに、と恥ずかしくなる。

徹夜明けのまま学校へ行った。
2時限目から受けた。
いつも月曜の1時限目「イタリア語」を受けれないで居る。
2時限目の間に寝ようと思ったけど眠れなかった。
昼休みになり、教室に学園祭の宣伝に2人の生徒がやって来た。
よく見ると、2人のうちの1人は俺が2回生の頃に体育の授業で知り合った一学年下の生徒だった。
「実際には俺の方がニ学年分上やねんけど」みたいな話をした事があるのを覚えている。
3時限目の授業では「地獄の黙示録」という映画をかいつまんで放映していた。眠さも限界だったので、3時限目が終わった後、4時限目を受けずに帰ってきた。午後15時過ぎに家に着いた。
最近はいつも図書館で映画を観てから帰るので、こんなに明るいうちに下校するのも久しぶりだ。
もう今も眠さで、全然頭が働かない。
少ししたら今日は寝よう。
学校に居る間に少し考えた事。
よく、「相手の喜びが自分の喜び」だという表現があって、それを喜びだと示す人間を「自分の喜びを求めない謙虚な人間」と捉える風潮があるけれど、俺はやっぱりそれは一番の喜びなんじゃないか、と考える。
相手が喜ぶ事が自分の喜びに出来る存在、が居るなんて素晴らしい事じゃないのか、と。
俺も、状況さえこんな感じじゃなかったら、そうなれていたのだと思う。
でも、俺はその相手の喜ぶ姿さえ、自分の喜びには出来なくなった。
状況のせいだと思う。以前の感覚なら、絶対喜びに出来たのに。
元々持ってた価値観は、相手の喜びを自分の喜びに出来るようなものなのに、それさえ許されなくなったこの状況。
あの子がそういう目に合わされてなくて、一緒に文化祭巡りとか出来たら楽しかったろうな、とも考えた。
眠気でボヤけてボヤけて、文章にまとまりがないかもしれない。


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