リュカの日記

2005年06月02日(木)

今日は午後13時過ぎに目が覚めた。
授業は午後からだったけど、今日は意図的に休んでしまった。
今日休めば一週間まるごと休んだ事になる、みたいな意識もあったと思う。
寝起きだったので、色々考えたい事もあった。
考える材料探しみたいな感じで、久しぶりにショタコン板を覗いた。
その中のスレを読んでいて、少しやりきれない気分になった。
ずっとそれが頭の中でグルグルしている。

メッセの子が、事故にあった先輩とやらを見舞ってきたそうだ。
○○にもお見舞いに来てほしい、とそいつが呼んだそうだ。
その子を悪戯した屑野郎だ。
その子は、「それまでに良くしてくれたから」と言って気遣っている。
そいつは、涙を流しながら「ありがとう」と言ったそうだ。
ショタコン野郎の癖に、それで許された気になってるんだろうな。
さぞそいつは救われた気分になった事だろうな。
自分が悪戯した子に気遣われて、さぞ精神的に満たされた気分になった事だろうな。
それだけの事をしておきながら。
なんか、「非道を繰り返してきた人間が死の間際に『決して許される事ではないけれど』と形だけ装いながらも、それだけの痛みを負ったのだからと第三者目から見て『許された状態』になる」風潮にかぶる。
で、そいつ自身も「第三者目から見て許された」状況みたいになる事を自覚していて、形だけ「悪かった」と反省している振りをする。
そういう風潮に凄くかぶる。
子供を私欲のために汚した奴に救いなんてあって善い訳が無いのに。
そんな風潮を俺は絶対に認めない。
それなのに、さぞかしそいつは救われた気分になったことだろうな。卑怯な卑怯な自己演出によって。
許せない。
そいつを気遣うその子に対しても、凄くゲンナリした気分になる。
何か上手く言葉に表せない。
事故に合ったのは偶然でも、その子がそいつを許してるみたいになるのも全部そいつの計算の含まれた状況なんだ、という事は分かる。どれだけ最低なんだ。
一生寝たきりでいればいい。
その子が見舞いにいかずに、一生絶望感だけ味わってればよかった。
ゴミ屑に救いなんてあって善い訳がない。
理不尽だこんな状況があって善い訳がない。
それが認められるのが風潮か。マジ糞だな。
そいつが許されるのが道徳的かよふざけんな。

欝から来る怒りとかじゃなくて、風潮の方が間違ってて、それを認める風潮や全てが許せない怒りが沸いてくる。
世の中に「許す」という価値観がある事自体間違ってると思う。
許すなんて結局は、加害者を満足させるために被害者が負わなくてはならないものだ。
酷いものだ。
そいつは、メッセの子に自分を許させよう許させようと必死になっている。
死ねばいい。
でも、多分その子は許すんだろうな。
お決まりパターンだ。

というか、すでにそいつは許された感を得て救われた気分になってるから、もう意味がない・・
全部そいつが自分に都合のいいように考えるのも決まっている。


 < 過去  INDEX  未来 >


リュカ

My追加