リュカの日記

2005年02月26日(土)

本当にゴミとしか言いようがない。
以前、散々必死こいて詭弁を振りまいていたショタコン親父。
「自分の意見は一環している」「自分はそんな奴じゃない」とか、散々都合の良いようにでっちあげてほざいていた。あたかも、自分は達観したモノの見方をしているのだ、という風に振舞っていた。
自分の正当性を主張して見せるかのように俺の言葉に逆上して見せたり、見せ掛けだけ傷ついたような素振りをとってみたり。
俺は当時から、こいつの底を指摘していた。
こいつがどういう風に卑怯な奴なのか、とか。
以前指摘した通り、今回になって完全に本性を現してきた下種野郎。
ショタコン野郎なんてのは、こんな腐った奴が殆どだ。
嘘に嘘を積み重ね、俺に自作自演で粘着していたのもこいつの仕業だ。
ゴミ
どれだけうわべをもっともらしく取り繕っていても、ショタコン野郎なんてのはこういう腐った糞ばかりだ。
本当に胸糞悪くてしょうがない・・

今日は午前10時半頃に目が覚めた。
寝起きから少しだけプレッシャーがかかる。
俺が「こいつはこういう風に卑怯で最低な奴なんだ」と今まで散々否定してきて、そいつは「違う」と俺の意見を否定して自己肯定を繰り返してきた。
でも、実際は俺が指摘してた通りの最低野郎だという事がハッキリした。
ハッキリした時点で「お前の言う通りだけど、だから何?」的に開き直るクズさ。
俺の考えの中でのショタコン野郎は、とことん、とことん最低だ。
俺の想像通りの腐った奴なんだという事がハッキリし、その開き直りも思った通りで、本当に胸糞悪くなってくる。
どれだけ取り繕って見せても、どれだけ言い訳かましてみせても、ショタコン野郎なんてみんなこんな糞なんだという事がハッキリする。
こんな卑怯で下種で腐った奴等なんだと思うと最低な気分になる。
さらに、こういう奴ほど普段は必死で自分を取り繕って、さもまっとうな人間ですよ的偽善を振りまいてるんだという事を知ってるから、そういう腐った最低さに吐き気がする。
俺は以前、知ってる子を悪戯した奴とレスを交わす事があるまでは、「こんなに尊い少年に対して、いくらショタコンだろうとそんな自己中で腐った振る舞いが出来るはずがないんだ」と思い込もうとしていた。
俺自身にとってタイプの少年というのは絶対だった。
自分のために、汚し、その上で追い込むなんてのは少年を絶対視していたショタコンの自分からは「ありえない事」としか思えなかった。
でも、実際はその子を汚した上でのそいつによる脅迫、言い訳、開き直りを目の当たりにする結果になった。
信じられない事が覆った。「こいつらは自分の欲のためなら少年さえも犠牲にする、どこまでも最低な下種野郎なんだ」と思うようになった。
事実、"どこまでも"最低な下種野郎だという事が証明された。
「タイプの子に対して、そこまで最低な奴が存在してるなんて思いたくない」という意識があった。でも、考えてた通りのゴミクズだった。それがまた許せない。
自分がそいつらをどこまで最低だと考えているのかはハッキリしていて、まんま現実のそいつらはその通りだった。
「こんな子に対してさえもここまで最低な奴なんだろう」、という俺が持ってた考えの通りの最低さを持ち合わせているんだ、とうい事が許せない。
俺の頭の中のそいつらが、すでにこの世のものとは思えないほど腐っていて、そういう少年に対してまで俺の頭の中にあるのと同等の腐り具合を発揮しているという事がハッキリした。
糞だ・・・

俺はよくショタコン板のあのスレにレスを付けにいく。
レスを付けた後、いつも「返事が来ているんじゃないか」と、とても恐れた気分になる。
合間に漫画を読んでいても横になっていても考え事に没頭していても、「今、あのスレにはあいつらからの返答が来ているんじゃないか」と思うと恐怖なのだ。
少年を性的な対象としている奴等による言い訳とか開き直りとか嘲笑いとか、そういうのを見ると自分の精神がキツくなるという事がレスを見る前から分かっている。
負荷というのか、常に心に強いプレッシャーがかかっている。
でも、俺は「男の子に対して最低な奴等だと解っているのに、否定してやらない訳にはいかないんだ」といったある種の義務感みたいな意識を持っていて、俺の中で、そいつらが言い訳や開き直り、それらを止めるまでは続けなくてはいけないんだという責任感情みたいになっている。
あの子を含め、以前は絶対視していたタイプの少年が、そういう奴等の犠牲になった現実を知った以上は・・という最低限持ち続けなくてはならない意識、と捉えているのだろうか。
ハッキリ言って辛い。
自分と同じショタコンを否定する事が、じゃなく、最低だと解っている奴等の汚い言い訳とか開き直りとか不謹慎な振る舞いだとか、そういったものを目にするのがたまらなく嫌に感じる。
自分と同じショタコン野郎だからこそ、余計に許せない事なのだ。
息がつまりながらも、少し冷静でいられたので、今の心境をまとめてみた。

「明智小五郎VS金田一耕輔」というドラマがやると母親から教えられた。
最初の場面でオッサンが死ぬ場面が出てきて凄く気分が悪くなった。
オッサンなんかがいくら死のうが知ったこっちゃないのに、さも重要な出来事っぽく扱われるんだろうなと感じたからだ。
オッサンなんて生き物は死ねばいいと思うけど、それが重要視される事が嫌なのだ。
他にも、街の風景やら車やら人間やらが映っているのを見ていて全部が全部嫌だという感じになってきた。
俺は昔、明智小五郎の出てくる少年探偵団シリーズが好きでよく読んでいた。せっかくのスペシャルだから、とりあえず「観たんだ」と自己満足するためにテレビはつけっぱなしにしていたのだが、実際には見ていない。
音声だけ聴きながらマウス絵を描いていた。
息苦しさが酷くなると、死にたいというより「殺されたい」という気分になる。自殺するような根性がないからだ。
後ろから首のあたりに、ザックリと刃物が振り下ろされるイメージが沸く。
でも、実際に刺された事はないので痛みがイメージできない。
無痛で死ねるような感覚になる。
漠然とストレスがキツくなってきて、殺されて終わりたいと感じる。
何に対してキツさを感じればいいのか、それさえ判断できなくなる。
全般的に薄いせいか、何が不満なのか具体化できない。
ゼェゼェ言いながら、無痛の痛みでザクザク刺される妄想に浸ってしまう。
そうする事で、ストレスを和らげられるような錯覚になる。
少し横になろう。


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