リュカの日記

2004年12月18日(土)

初めてメッセの子と関わった時、について少し思い出して考えてみた。
少年は好きだったけど、何より欲が第一で、その子に対してもいやらしい気持ちを持っていた。
最初はその子に合わせて機嫌をとって、その子の考えに沿うように言葉を選び、だったと思う。
そうやってその子に合わせ合わせしているうちに、自然にそれが本心になっていったのだと思う。欲望よりも、その子の安全の方を優先して望む事ができるようになった。
最初から自分の欲望、内面を意思で制限する事は難しくても、手を出さないとかセクハラしない、といった行動自体は自分の意思で抑える事が出来ること、だ。
内面に欲望や不謹慎さが残っていても、行動に移さない限り、少なくとも少年が醜い欲望の影響を受ける事はなくて済む。
改めて、そういう風に考えて行こうか。
俺は汚い欲望を持っているけど、自身の行動を抑える自信は完璧だ。
そうやって自分の行動を制御しているうち、心や欲望もそれに合わさっていくものだろう、と考える。
実際、俺の持ってる欲望にしても、以前の自分の不謹慎さを考えるなら、今の俺は全然マシになれたと思う。

冷静に議論している自分を振り返り、俺はどこかショタコンを甘く見てしまっているようになってるのかな・・・と、息が詰まってモヤモヤした感じで嫌になる・・・
強いストレスを感じる。
それが意識されていて、なんか半泣き状態だ。
軽蔑されたい。
軽く見ていいはずがないし、軽く見られていいはずもない。
でも、何も感じなかった、にならなくて善かったな。
それでも、欲求肯定してるような奴にだけは何も言わせないけど。

今日は、午後4時半過ぎに目が覚めた。
目が覚めて窓の外を見てみると、すでに空が紺色っぽくなっていた。

ショタコンとの言い合いで、自分の考えや感情を吐き出すので、一人でじっくり色々な事を考える事が出来ず、いつも感じる自己嫌悪なり後ろめたさが麻痺しているみたいな状態だ。理屈や意思なんかはハッキリと出てくるのに、頭の中身はホケーっとしている。
こんな風に感覚が麻痺していると、何だか自分が堕落しきっているように感じられる。
アメリカの親戚から電話が来たので、久しぶりに色々話した。
「今どんな事習ってるん?」とか、「学校卒業したらどうするん?」とか言われた。
「別にしたい事も興味を持てる事も何もないから考えてないし、どうでもいい」みたいな事を答えた。
「それは寂しいなぁ」みたいな返事が返ってきた。


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リュカ

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