リュカの日記

2004年12月17日(金)

昨日の夜から深夜にかけ、また同じところでショタコン達と言い合ってきた。
そうやって言い合っていると、少年に対して何が正しく、何が間違っているのか、自分の中でハッキリと再確認できた気がする。
「こんな奴らみたいにはなりたくない」と、反面教師的に考え方を高めていける。
だからといって、そんな犯罪者や不謹慎な性欲野郎に感謝なんてしないけど。許さない。
それでも、やっぱり以前ほど少年に対して強いものを感じたり、以前ほど激しい怒りを感じる事ができなかった。感情が伴わない。
その結果、ある程度冷静に話をする事ができた、とも言えるけど。
感情が伴わなくなっても意識だけは残っている。
何を許さないのか、も自分で分かる。せめて、どういう判断をしていくのかをキチンとしてればいいのかな。少年に迷惑をかけないように生きていく。

今日は午後1時半前に目が覚めた。
夢の中に少年が出てきて、それを楽しく感じる事ができ、寝起きから心地いい感じになった。
実写の少年とエアギアのアキトの2人が出てきた。
楽しい夢でもあり、久しぶりに少年が夢のような存在に感じられた。
自分の中で非現実化した存在であり続ける方が、イメージも広がりやすく夢を見れる気がする。
授業には4時限目だけ参加した。彫刻の後半だ。
授業が終わってから、図書館に行き「M」という題名の古い映画を観た。
面白い映画ではなかった。
学校からの帰り道「どういう判断をするかだけキチンとするかなんてのは、酷い話を目の当たりにした時だけ苦しんで、それ以外の時には平然と何事もなかったかのように過ごしたりするんだって事だろ。なんだそれ、そんな軽い事じゃなかったのに・・」とか考えて嫌になった。
少年を自分の中で一番にしている以上、聞き手側の自分からしても一生頭から離れないくらい深い事のように感じられたのに、「その時だけ苦しめばいい」みたいな感覚になって、自分の中で軽くなっているようでそれに抵抗が出た。
地元の駅に到着し、近くの古本屋に寄ることにした。
漫画を2.3冊立ち読みしてから店を出た。
さっきまで考えていた事があやふやになっていて、今度は人生のくだらなさが強く意識されてきた。
人生の糧に出来るというか、希望に見れる存在が存在しなくなってしまった。
タイプの子に限って汚い奴らに汚される現実があるんだ、という意識が根付く以前なら、タイプの子が存在している世の中なんだという事だけで、まだ人生に希望が残されているように思えたりしたのに、
今はそういったのは失くなったな。
家に帰りついたのは、午後8時を過ぎた頃だった。


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リュカ

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