ショタになったきっかけの後輩が夢に出てきた。 俺が関西か関東に住んでいて、正月か何かだという設定だ。 暮らしているのは、俺が18歳まで住んでいたマンション。 そこに、関東か関西に移り住んでいた(俺が関東なら後輩は関西。俺が関西なら後輩は関東。どっちなのかあやふや)中学時代の部活の後輩が帰ってくるという設定だ。 その子の家は俺の住んでたマンションではないけど、何故か後輩の母親と一緒に俺の家を訪ねてくる。正月か何かだからと言う。 俺の母親が迎えいれ、後輩を見て「可愛らしい子ね」みたいな事を言う。 俺は現実にはその後輩に避けられているところがあったので「何で?」と信じられないような意識から、後輩が来ている事を知りながらも自分の部屋から出ない。活き活きしている後輩に対し、俺は引きこもり生活の長さからか、見た目も内面も本当に死人みたいな感じになっていて、余計に後輩の前に出て行く事がためらわれた。 しばらくして、俺の中学時代の部活の同級生が2.3人やってくる。 「遊ぼう」みたいな感じで誘ってきたけど、俺はこいつらが嫌いだった。 後輩に会おうと思ったらこいつらも一緒に遊ぶ事になるのだ、と思うと会うわけにいかないような意識になった。 この後輩が、夢の中では実在している事になっているエアギアの亜紀人の従兄弟だという設定になっていた。 この、後輩やら同級生やら俺が出てくる夢自体がトゥルーマンショーのような全国放送のドラマになっているのだという設定が途中から出てきた。 俺の後輩キヨは人気NO.1のキュート俳優とかで、女からの支持が絶大なのだという事を知る。 キヨの追っかけをしている女を俺が追い詰める。 親しくなるフリをしながら、その女の部屋に入る。そこからがあやふや。 違う場面。 キヨが俺の住んでる地元に帰ってくるまでのシーン。 母親と一緒に電車に乗っている。外は雪が降っていて、何故か電車の外ではコナンに出てくるゲンタという子供が黒の組織に殺されそうになっていた。 そんな事とは関係なしに電車は走っていく。 また違う場面。 キヨが帰る事になり、それを見送る事になった。 自分で作った、と言ってパチンコの玉のような丸い鉄を俺にくれようとする。 「キヨが作ったものだから」と、俺はそれを嬉しく思って欲しくなるけど、色々考えて何故かそれを受け取るわけにいかないんだという結論をつける。結局受け取らない。 そんな夢だった。 午前5時前に目が覚めた。 「本当に夢みたいだ」と思える夢を2日続けて見る事が出来た。 何かのご利益だろうか。 夢の中だったけど、後輩に対して関われる事が夢みたいに感じたり、信じられなかったり、ありえない事のように感じた。嬉しい夢だった。 でも、やっぱりその信じられなさも夢心地も以前に比べれば3分の1程度。 こんなに嬉しい夢を見たのに、以前ほど強いところまで達してくれない・・ 目が覚めてから少しだけ考えた。 俺はここしばらく、年下の男の子を好きな対象にする事が自分にとって自然な事だし何も変わった事がないような感覚になっていた部分があったと思う。 実際の後輩が夢に出てきて、男の子を好きになるというのは全然現実的な事じゃないし、関われるなんて夢みたいな事なんだなと思った。 そんな夢みたいな男の子なのに、大人が声をかけて手を出して、そして悪戯されるなんて信じられない・・ キヨも悪戯されたりしてるのかな、とか考えた。 もし後輩とか男の子と実際に関わる機会があって、それは俺が望んでいたような事だけど、それを素直に喜ぶ事ができるだろうか。 そんな男の子がショタコンの自分を受け入れるのだ、という事にも抵抗が出てきて嫌だと感じる。嬉しい気持ちもある反面、望んでいい事ではないような気がする。 自分が拒絶したところで他のショタコンを求めるのなら、求めない上でショタコンだけは求めないように改善していく手伝いをしたりするのが正しいのかな。 そういう事と関わった事がないような子に対してもそう感じるんだし、ショタコンによって悪戯されたような少年なら、なお更求めるわけにはいかない。 俺の意識どうこうじゃなく、元から求める気もないんだけど。 まだ朝まで時間があるし、もう少しだけ夢の余韻に浸ってみる事にする。 悪戯されてるかもしれない、とかそういう可能性を考えていたら誰も好きになれなくなる。 メッセの子と知り合った時や、あの子と知り合った時、俺はその子達が悪戯されてるとは思ってなかった。 もっとも、その時点であの子は悪戯されたんだという事を俺に言ってなかったし、メッセの子にいたってはまだされてもいなかった。 そのまま「されていないのが普通」で、本当に悪戯されてなかったら、 悪戯されてる可能性だけなら考えずに、されたと知って初めてショックを受ける事にした方が、まだ好きになりやすかったりするのだろうか。 悪戯されてないんだと思いながら関わっていって、本当にされてなかったらもうけもの、みたいな。本当はされてないのが当たり前だったのに、こんな考え方をするしかなくなる状況が憎い・・・ 今さらその可能性だけ除外して考える事も、できそうもないけど。
二度寝していて、午前11時過ぎに目が覚めた。 大した夢は見れなかった。 昨日、学校帰りに定期を発行した時に「当日から」を選んでしまって、1日分無駄になった事を思い出した。 どちらにしろ、冬休み中とかで定期を使う事のない日付だとは思うけど。 学校に遅刻した。家を出る時、親からは「また欝か?しょーもない」とか言われた。 3時限目の人間と病気はずっと机に突っ伏して、中途半端に考え事をしながら過ごした。 今の中途半端な状態は、価値観を優先して突き詰めていった結果なのかな、とも思う。喜ぶべきではないのだ、とか。薄れさせるべきなのか、とか。 それも後付けの、自分を納得させるための言い訳のように感じられたので却下した。 価値観自体は意識として根付いているけど、そこに感情や感覚が伴わない、とかそういう事なのだろうか。 4時限目の企業経営論。野村証券という会社の社員が学校に来て講義をする、という授業だ。 会社経営とかそういうのが何だか嫌で、参加せずに帰ろうかな、とも思った。 でも、家に居たところで結局何を考えても中途半端な事は変えられないのだ、と思って授業に参加する事にした。 こういう授業だと、何でこんなにも拒絶感が出たり胸糞が悪くなってくるのだろうか。 少し考え、自分は世の中や社会を憎んでいるからなんだ、という事に気づいたというか答えが出た感じになった。 殆ど授業も聞かずに考え事をしてすごした。 俺の今の状態は、軽はずみなショタコンに「だったらこの材料だけで考えてみろよ」と、俺の感覚を強制的にそいつの感覚と取り替えられたようなイメージが沸く。少年に絶対感を覚えていた時と比べ、感覚が自分のそれではなくなったようで、今までと全然違う感覚でどうやってこれから先人生を過ごしていけばいいのだろう、と漠然とした不安を覚える。 授業が終わり、学校内の図書館に行き「トッツィー」の続きを観た。 隣でビデオを観ている集団がガヤガヤうるさかったので「ちょっと静かにしてください」と言った。聞き入れられたらしく静かになったので少し満足した。 一応恋愛映画という事になっているのだが、ラスト近くが衝撃的で、静かにしてくださいと言った手前声を出さずに少し笑った。 ビデオを観ながら、映画のテーマがそれだったので、恋愛感について少しあの子の事で考えた。 今まで生きてきた中で、実際にあんな風な感じで好きになってもらえたのは初めてなのに、何で叶えられなくて全部終わらせてしまわなければならないのだろう、とそれが信じられないような気になった。 映画とか漫画とかだけ見てる限りでは、条件が合わなくなってもその後友達になったり話相手として付き合いは続いていったりする場合が多い。 悪戯以外の条件で別れようとしている人間を見ると「何でそんな事で?俺だったらそれぐらいの事だったら全然平気で受け入れられるのに」と感じたりする事が多い。自分の持ってる条件以外の事だったら何だって拒絶せずに済むのに、そうやって受け入れない人間を見ると悔しく感じたりする事も多い。 あんな風に好きになってもらえたのに、知り合った事自体否定しなくてはいけないなんて・・と、それが寂しいというか悲しいような気分になった。 でも、悪戯されているというのは、俺にとってはそこまでしなくてはならないくらい大きくて深くて絶望しか生まない出来事なんだ、と考えた。 そんな出来事なのに、喜びに変えて善い訳がない、希望に変えて善い訳がない、結局その子の不幸に突け込んでそれを喜ぶ事になるんだ、とか。 何で悪戯されてるんだろう。虚しい。
パソコンをリカバリしたので、メールのセットアップをやり直したのだが不具合が出る。 プロバイダに問い合わせたところ、サーバー名が変わったのだと言う。 サーバー名を書き換えてみると、ちゃんと使えるようになった。 メールが使えるようになったので、リヴリーを飼い直す事が出来た。 前のリヴリーはハロウィンの限定種だったのだが、パソコンを修理に出している間にエサ不足で死んでしまった。 でも、イベント期間には間に合ったようで、今回クリスマスの限定種を飼う事が出来た。 綺麗な種族だ。 ウェブ検索をしていて、トクトクの広告を非表示にしているサイトを見つけた。自分のサイト以外でこのサーバーで非表示にしているサイトを初めて見た。 広告のデカサさえ何とかできれば、容量無限のトクトクはいいな。 憂鬱だ。
息苦しい気分が重い締め付けられる・・ 少しだけ叫びだしたいような泣き出したいような衝動が出てきた。 美少年に対するレイプ、という言葉を目にしたからだ。
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