リュカの日記

2004年11月05日(金)

久しぶりに少年以外の事で色々考えたり妄想したりした。
何も与えられない代わりに、何もしなくてもいい。
何かを与えてもらえる代わりに、何かをしなくてはいけない。
2択あったとしたら自分は前者を選ぶだろうな、とか。
最低限食欲だけ満たせたら、生活の充実とかはあまり必要に感じない。
でも、そういう状況だと欝に陥りやすい。
それを考えたらまた分からなくなってくる。
今は全部の感覚が中途半端になった事に対して否定的なので、何かをしてあやふやにする、というのも今の自分の意思には沿わない。
自分の中で「少年が悪戯されてる」という概念が最初からなければ、あまり問題もない気がする。
自分の内面だけにどっぷり浸かって、そのうち意識に浮かんでくるものだけがリアルに感じられるようになってきて・・と。
最近はあまりしない(できなくなった?)けど、元々妄想遊びが好きだったので、欝さえなければ何十時間でも頭の中だけで遊んでいられる。
今でも、現実に自分が送っている生活が、自分の内面に殆ど影響を与えていないようなところが強い。
意識だけになれたらな、とか考えた。
意識だけになって「もう2度と戻れないんだ」という切迫感とか絶望感とか、本来恐れていたような感覚を少し求めてるような感じがする。
植物人間が一番それに近いのかな。
何十年も意識の中に篭り続けて「ここであなたの人生は終わりです」と宣言されてプツッと切れたかと思うと、またそれまでと同じ感覚で何も変わらない。「そういえば、自分は今まで現世にいたのか」と感じるくらいで、意識的には同じもののように思える。現世に居た時期に目を開きさえすれば見えていたものが、もう見えなくなっている、とか。そんな感覚を受けるのだろうか。実際には植物だから、音に反応するくらいで何かを見たり、とかはできなさそうだけど。
俺はテレビも見ないし新聞も読まない。
外部からの情報がシャットアウトされるのは、むしろ望むべきところ。
情報を得ようと思っても、その手段がないんだったら、関連付けるものを目にして気分を悪くするという事も少なくなる。見たくもないのに怖いもの見たさからつい目にしてしまう、という魔の刺しようもなくなるだろう。
欝や耐えられない、又は耐えられるほど軽く見ていいはずがないものを自分は感じたことがあるんだ、という概念さえなければ、意識だけで存在できたらどんなに理想的だろう、とか考えた。概念が残っているなら「1度は絶対的にまで感じた幼い少年が〜なのに、そんな風に考えなくていいわけがないんだ」と、後ろめたさだけ延々と感じ続けて行きそうで。
あくまでも妄想。
妄想しているうちに、何だか気分が滅入ってきた。ストレスを感じる。
自分がどうしたいのか、どうなりたいのかハッキリしない。

今日は午後4時頃に目が覚めた。
寝起きから気分が重い。

ゲーム仲間とMXで遭遇して、色々ファイルを落とさせてくれた。
その中で「ホイッスル」というアニメを落とした。
主人公がタイプの小さい少年で、漫画の方で一時期集めていた。
アニメだと声もあって、完全に美少年声だった。
主人公は、観ているこっちが気恥ずかしくなってくるくらい純真だ。
全くと言っていいほど黒さがない。
それを観ていて自分が恥ずかしくなってくるのか、その少年が恥ずかしくなってくるのか分からないけど、少し窮屈でいたたまれない?(表現違いかもしれない)感じになった。
でも、それはそういう悪戯とかそういう事に関わっていないという事だから、本来求めていたもののように感じる。
その主人公少年は常に自分の事を下に見ている。
俺みたいな変態からしたら、絶対手が届かないくらいの存在なのに、そこがまた何ともいえない気分にさせられる。
オープニングとエンディングもその主人公(声優)が歌っていて、本当にアイドルっぽいというか輝いて見えた。少年の純真さが表れているなと感じた。
少年、または少年時代特有の甘い(それか切ない)感覚が漂ってくる。


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リュカ

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