今日は午前8時前に目が覚めた。 昨日落とした、一昨日まで読んでいた小説を映画化したものを観た。 吹き替え版でビデオを持っているけど、手に入ったのは字幕版だ。 あくまでもあげる用に。 その中で気になる少年が居たので、チラっとしか出てこないのだが、そのシーンを繰り返し観た。高揚した気分になる。 少年より綺麗な生き物は存在しないんだろうなと感じた。 一方で、少年愛が俺にとっての全てではなく、単なる趣味の領域に入ってしまったような気がした。 それにしても本当に綺麗だ。 色々な意味で惹きつけられる。 俺は大人とか先輩とか、その他の社会的地位のある人間に対して恐れ多いとは感じない。 でも、少年に対してはそう感じる事が多い。 そんな少年が汚い奴らに屈しているのが許せない。 理不尽だ。 もしも完璧に理想に叶う少年が現れるのなら、一生大事にし続けたいとは思う。 でも、そのためだったら何でもできる、とまでは思えなくなってしまった。 慣れのせいもあるのか、そういう少年が酷い目に合わされる事への恐怖が薄れてしまっているからだ。 俺にとっては何より恐ろしい事だったので、それを防ぐためだったらどんな事でもできる気がしていた。 でも、今ではその恐怖も薄れてしまって、「どんな事でも」と、心を奮い立たせる事ができない。 どっちにしろ、少年が好きだとかで色々思い浮かべるのは結局はショタコン側の身勝手な一人よがりで、少年側からしたら迷惑以外の何者でもない。 というか、迷惑だと感じているべきだと思う。 それを、ショタコンの身勝手な都合によって、少年側からそれを求めさせようと働きかける。 意識してかしないかに関わらず、そんなショタコンの影響で少年がそういう奴らを求めるようになってしまう事は多い。最低だ。 何もないのに少年がそういう奴らを求める、というのはありえない。 だから、ありえないままにしておきたかった。 それでも、誰にも悪戯されない少年が自然に女を求めるようになって、そういう関係になってしまう事が俺にとっては恐怖だった。 でも、関わってきた子は自然にもそういう風にはならなかった。それは嬉しい事に思った。 それなのに、それよりもっと耐えられない、ショタコン親父によって悪戯されるとか、無理にそういう目に合わされるとか、そういう事は起こりまくっている。 どう思っていけばいいのか分からない。どう考えれば納得できるのか。 そういう子は、何かに影響されない限り、女もショタコンも求めない。 手に入らなくてもいいから、そういう少年には何も求めないままでいてほしい。 せめて、少年は同じような少年としか恋愛しない、とかだったらいいのにな。 これが、今のところ俺が望んでもいいだろうと思える最低限の独占欲。
昼になったので三ノ宮に行ってきた。 数ヶ月ぶりだったけど、結構街並みが変わっていた。 800MBのCD-Rが欲しかったので、ノーブランドのCDや中古パーツを扱っている店を2軒まわった。 どちらも「今は置いてないですね」との事だったので、700MBの50枚詰め合わせとDVD-Rを3枚買ってきた。 弟のパソコンがDVDに対応しているのか分からないけど。 その後本屋に行って、欲しかった「ヴァンパイア・ジャンクション」という本を探したのだが、この店でも見つからなかった。 なので、代わりにこの前まで読んでいた本の続編「ヴァンパイア レスタト」の上下2冊を買ってきた。「新撰組血風録」も欲しかったけど、そこまで余裕がなかった。
前作とは翻訳者が別人らしく、凄く読みやすい文体だったので、休まずどんどん読み進めていく事ができた。 読んでいるうちに、直接的ではないが少年がどれほど魅力的な存在なのかが浮かんできて、それから、そういう少年がどういう状況に置かれていたのかとか、どういう目に合わされてきたのかに対してハッキリと現実感が沸いてきて、少したまらないような欝っぽいような気分になった。
今日は学園開学記念日とかで、学校が休みだった。 700MB以下の映画やフルハウス等をCDに焼きまくって、少し疲れた。
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