リュカの日記

2004年10月22日(金)

でも、今回は聞く前に「まさか・・」と動機が激しくなる事も、知りたくない事実に対しての恐れで息切れする事さえなかった。
あの子が話し始める前に何となく予想できてしまって、「やっぱりな」という感じだった。大して驚きもなかった。
心配しすぎると本当にそういう目に合わされる、というジンクスも当たらなかった。
何か、もうそこまで心配できる気がしない。
自分で言ってて軽々しいな・・

少年がそういう目に合わされていないのなら、少年が魅力的であればあるほど嬉しく感じる事ができる。
でも、そういう目に合わされているなら逆になる。
その子が実際にはどういう子なのか、を知る事が恐怖になる。

弟のパソコンでMXをしながら色々と動画を見ていた。
その中にかなりえげつない動画があった。
女子高生がヤクザ達にレイプされまくった挙句の果てに気絶して、泡を吹いてバッタンバッタンバッタンバッタンと痙攣しまくっている。「救急車呼べ救急車!」と大騒ぎになっていた。その女が喋ってるわけでもないのに、画面にはかすかにうめき声が入っていた。呪われてるのだろうか。
「いつまで撮ってんだ切れ!」と叫んで、そこで終わった。
「これは死んだだろうな」と思って鳥肌が立つ反面、欲求的にも精神的にも満たされた気がした。やっぱり自分は加虐なんだと思った。
どうでもいい女だしいいや、という具合であまり考えないようにした。
女による少年に対する酷い事を聞いたばかりだ。
でも、何だか複雑でもある。
女がそれだけの事になるなら、タイプの少年でもそれ以上の酷い事になったりする可能性が出てくる。
「女は少年の敵だから」と、思う事にして開き直った。
関連付けて自己嫌悪する事もないか・・
女が酷い目に合わされる事に萌えて、少年に対して申し訳なく思う事はないんだ・・と、言い聞かせてる感じだ。
憂鬱だな。
酷い目に合わされるという点では同じなのに、対象を変えてみる事で、ただの罪悪感逃れの気もする。
少年が同じ事になっているのを目の当たりにしても萌えたりしそうだけど、その後ろめたさを逃れるために「女だから萌えてもいいんだ」みたいな自分自身への言い訳っぽい。
俺は少年のそういう事に萌えそうになっても、それを意識の奥に隠す。
頭のなかで言葉にもならないほど奥に隠して、少年について色々考えたり価値観を探ったりする時でも、その事は視野に入れないようにしている。
対象を変えてみて後ろめたさもなしに萌えてみせるのも、意識の中で表に出せるモノの代償にしているだけに思う。
俺は、少年が悪戯されたりするのが嫌なんだ。絶対に。

学校へは1時限目の終わりから出席した。
授業を受けている間「俺はもう全然少年を大事に思えていないんだ」というのが実感されて、それが凄く嫌というかショックというか虚しく感じた。
漠然と人生について考えたりした。
どんどん息苦しくなってきた。といっても、今日学校で考えていたのは直接少年に関係ない事だったけど。
以下、授業中に息抜きのつもりで携帯に吐き出した文章。

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息苦しい事ばかりが浮かんでくる。
何の価値も見れないでいるのに、人生というのは型にはまりまくったイメージしか沸かない。俺が一般的な社会生活を客観視しすぎているだけなのか。
明るい奴として振舞ってみても、結局は「こういう風に見せかけるのが普通だから」と、適当なイメージに沿って行動してるにすぎない。
芸術用語を使いまくってるショタコンみたいに高尚ぶるのもバカらしい。何かの真似みたいで息苦しい。
型にはまるのが息苦しいからと、フルハウスのジェシーはハジケた人生を送っている。
でも、俺から言わせればハジケて見せるのもまた、粗暴な振る舞い、音楽、バイク、早婚、やんちゃ、と先人が作り上げた「型にはまらない」というイメージに沿った生き方をなぞってるだけで、結局はイメージ通りの型にはまった人生を送っているにすぎない。
どんなイメージにも形にも捕らわれたくない。くだらなすぎて息苦しいのだ。物事に価値をおけないだけで、こんなにも全ての事が息苦しく感じる。
絶対的と崇めるものに絡めて、それに接する事ができる可能性の中でのみ、どんな物事も癒やしに感じる事が出来た気がする。
今の俺には、そこまで特別視できる価値観を持つ事ができない。
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3.4時限目は彫刻だった。
1時間ほど木をけずってから、色々とキツかったので授業の途中で家に帰った。一応、今日の授業は全て出席を取れた事になる。
それから本屋に行った。色々物色していると、久しぶりに本が読みたくなってきた。
「ヴァンパイア・ジャンクション」という12歳の少年を主人公にした本が欲しかった。
でも、2つ本屋を探してみても見つからなかったので、代わりに「夜明けのヴァンパイア」という本を買った。
後で気づいたけど、今は秋だ。
読書の秋とか言うくらいだからちょうどいいのかもしれない。
少年に対して感情が薄れていったのも感受性が少なくなってきた事も原因だと思うし、色々読みながら場面場面を想像したりする事で、少年に対しても考える材料が増えてくるかもしれないし。


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リュカ

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