今日見た夢が思い出せない。 以前バイトしていたという設定の店にスケジュールを書き込みに行くシーンがあった。 午前9時前に目が覚めた。 「レッドドラゴン」という映画が落ちていた。
寝起きから数時間フルハウスを観続けて、その後マガジンを買いに行った。 どんどん自分の内面が変わっていっていい加減になっていくのが実感される。どんどん重さが実感できなくなっていく。 関心のない事件ニュースを見ているのと変わらないような感覚だ。 激重と軽いの中間がない。 俺もよく知っていた友達の彼女とその女友達が、友達に恨みを持ってる不良たちに拉致されたと聞いた時、友達とその仲間は「しばきまわしてやる!」と凄く怒っていたのに、口には出さなかったけど俺だけ「なんで俺までこいつらに着いていかなきゃならないんだろ」とか思っていた。 よく遊んでいた友達が事故にあって入院した時や絡まれているのを見かけても「めんどくさい」ぐらいで殆ど何も感じていなかった。 元々人事にはどんなモノでも軽くしか感じ取れなくて、唯一死ぬほど重く受け取れるような存在を見つけたのに、今ではその軽いものに並んでしまう。 全部いい加減になっていく。 凄く重い事をされた少年に、自分みたいな軽くていい加減で、重く感じ取れなくなっている人間が眼中に入ってしまっただけでも気が引ける。 自分の意識の軽さが、その子の重さに届かない。 表現しにくくてどう状況説明していいか分からない。 とにかく良い感じではない。後ろめたい。 欝で苦しんでいた頃はまだ少年に対しては重い人間でいられたけど、今はもう軽い人間になってしまったんだと思う。 釣り合う釣り合わないは別にしても、話を聞いてあげる資格もないと思う。 欝になってふさぎ込むくらい絶対あってほしくなかった事だったのに、もう以前のように重く感じられないんだと思うと、嫌になって申し訳ない気分になる。 自分で自分を認められない。 以前「自分というものを持っていると思います」と言われた事があったけど、そんなものもどこにも無くなってしまったんだと思う。 嫌気がさす。
最近の言葉はあまり知らないけど、今のような状態を「グダグダ」と言うのかな。 「どういう風に思っても、どうにもならないというのが前提になっているから結局は何も変えられない」と誤魔化している。 どうにもならない事の前じゃ、どんな風に受け取ったり自問自答したり感覚が変わっていっても、どっちみちどうにもならないというのがあるからどうにもならない。 感覚が分からない。 俺の中で凄く大きな出来事に感じられなくなって、その対象となる相手も同じように大きな存在に感じられなくなっていって、とそんな感じだ。 その感じに対して色々考えたり。それがまたうやむやで自分でもよく分からない。
フルハウスばかり観ているせいか、掲示板で煽られるとホームドラマ的な皮肉や言い回しが浮かんでくるようになった。フルハウス効果だな。 同僚の出世に嫉妬したり、小さい事で張り合ったり、くだらない事を大きな悩みにできるくらい重くて暗いモノと縁がないタナー一家が羨ましい。 本当はそれが普通だと思っていたんだけどな。特に小さくて可愛い少年は。 気分を紛れさせて和ませる事を目的に観ていても、気分が紛れて和んでしまう事に後ろめたさを感じてしまう。
自分の感覚や感情を全部、機械か何かで吸い出してそのまま日記に移すことが出来たらいいのにな。 そういう目に合っていない少年と知り合いたいけど、そういう少年に話かけようと思うくらいの気持ちが沸いてこない。 そこまで求めるほどの気持ちを失ってしまっている。 ただ話しかけるだけの欲求さえ沸いてこない。おかしくなっている。 少年に対してまた以前と同じくらいの気持ちを持てるようになって、その上で知り合えた少年がそういう目に合っていないとなれば、それだけで幸せで満たされると思う。 でも、今の俺にはその幸せというのがどれほどの喜びでどのような感覚なのかさえ全く実感する事ができない。想像してもピンと来ない。 求める気持ちがなくなってしまっているから、得られた時の喜びが分からない。 だから、以前のように求める気持ちと欝が必要なんだと思う。 でも、その感情を取り戻して絶対的だと思える少年と知り合えたとしても、多分その少年は悪戯されているんだろうな。知り合った頃は知らないだけで、多分そうなっていると思う。 逆に今の状態で少年と知り合ったとして、少年がそういう目に合わされていないとする。それでも、俺はその少年が無事でいてくれている事の喜びを実感する事ができないだろう。 そして、関わり続けていくうちに、その少年を絶対的だと感じる価値観を取り戻せたとする。そうなれば、その少年は誰かに悪戯される事になると思う。または、悪戯されていたという事実を知ることになると思う。 俺の人生はそういう風に出来ているから。
そういう目に合わされてしまっている以上、その子との幸せなんかありえない。 その上でせめて少年のためになる、ならないに関わらず、自己満足でも俺に出来ること、しなくちゃいけない事は「死んでもそいつらを許さない」以上の気持ちで、一分一秒途切れさせる事なく常に憎み続けていく事なのに、それさえままならなくなってしまっている・・ 結局は全部自分のためだけど、それができていないから俺は自分を認められない。絶対的な価値観の前じゃ、それが出来ていない俺自身、被害を受けた少年達に殺されても仕方ないくらいの重罪なのにな。 そういう現実に対して苦しくなくなるのが申し訳なくて、それでもどれだけ苦しんでも全然足りないような出来事で、それなのに前ほど欝にもなれなくて、グダグダだ・・
俺の日常はビデオを観て、たまにボーっとして、感じたことや考えた事を日記にまとめる事の繰り返しだな。 さっき色々考えて少し気分が沈んできたし、ちょっとズレてるかもしれないけどもう少し色々振り返って考えてみよう。 休み前は考える時間を必要としていて、今はその時間がある。
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