リュカの日記

2004年06月26日(土)

今日は午前5時頃に目が覚めた。
寝起きから少し気分が重い気がするけど、それもまた中途半端に薄い。
どれだけ衝撃的でもショックでも、少し時間が経つだけですぐに生半可?に見ないようになってしまう。
前は考えさせられるような事が無くても、四六時中やりきれないようなどうしようもないような認めたくないような訳が分からない感覚が付きまとっていたのに、本当に小さくなってしまっているんだな。
それか「キリがないから」みたいにどこか諦めが強くなっている部分があるかもしれない。
続きは気になるけど気分が重くなってあまり読み返したくない漫画だ。
同じように気が弱くて優しい少年が過酷な状況に追いやられてしまう漫画でも「ホーリーランド」だと結構気軽に読み返してしまう。
多分、タイプの少年じゃないから平気なんだろうな。
少し関連付けて色々思い浮かべてしまうけど、直接的なモノじゃないからそれに比べると大分軽い。
同じように少年でも、タイプじゃない子だと「タイプの子がそうなるかもしれない可能性」と「もしそういう子だとしてもこいつらは」という感情で胸糞悪くなる事はあっても、その子本人に対しては何も感じる事がない。

少し息苦しい。
もし、ずっとそういう事と関わらせずにいられたとしても、それで少年への感情が強くなっていくにつれ実際この世界でそういう少年でさえ追い込まれたりしている事実を知っているからそれがまた耐えられなくなっていくような気がする。
気分直しにゲームでもしようかな・・
FFとかやりたいけど10−2以外全部誰かに貸していて、未だに戻ってこない。
貸したのはそれぞれが別の奴だけど、誰かに貸すとまずは帰ってこない。
普通に仲がよかった奴でさえ色々と理由をつけて返さないもんな。
「返せ返せ」と執着してるこっちの方が情けないように感じてしまう。

「あのセスタスが?ありえない・・」という気分になってきた。
頭にこびりついた感じで離れない。
少年の健気さが好きだけど、そういう状況に追いやられても復讐も恨む事もせずに健気に生きているのが嫌だ、というか痛々しい気分になってくる。
関わりを持たない、本人の意思がないのにおかまいなしにそういう状況にされてしまうのが憎い。
その種類の少年は時代や決まりや状況よりも絶対的に偉いもののはずなのに、それに逆らえていないのが見ていて悔しい。

セスタスは話が重すぎて、さすがに続けて読む気にはならない。
続きを買うのは来月にしよう。

ゲームをしていたらだんだんとジワジワ圧迫されるような感じで苦しくなっていった。
認めたくないような事が現実に存在しているんだとプレッシャーのようになってきたので横になる事にした。
いつの間にか眠ってしまっていて、午後2時頃に目が覚めた。

したい事がなくてずっとボーっとしていると、だんだん考える事に疲れてきた。
適当に部屋にある漫画を読み漁っていて、どうせ読むならとやっぱりセスタスの続きを買いに行く事にした。
8巻が今出ている最後の巻だったので、7,8巻を買ってきた。
セスタスが夕焼けに染まった海を眺めて感動しているシーンがあって、凄く雰囲気が伝わってくるというか綺麗な描写だったのだけれど、その一方で「あれだけの辱めを受けて屈辱を味わった過去を背負っているのに、その世界で感動したりしてしまうんだ」と少し可哀相にも見えてしまった。
少年自身が喜んだり和んだりしているのは喜ぶべき事なんだろうけど、どうしてもそういう風に感じてしまう事が多くてどうにもならない。
師匠が他の弟子の面倒を見てあまり自分の練習に付き合ってくれなくなって、それで「くそっくそっくそおっ」とムキになって練習のペースを上げてバテバテになっている様子が少年らしくてとても可愛らしかった。
8巻はセスタスの話じゃなくて他の登場人物の話だった。
セスタスが好きでこの漫画を読んでいるのに少しホッとしたというか安心して読む事ができた。
多分、好きな対象だから重いものになってしまうんだろうな。
「あずみ」も普通に読んでいるけど、主人公が少女じゃなくてセスタスのような男の子だったら、同じように重々しくなってしまいそうだ。
17歳で妻を亡くしてしまったルスカという少年が居て、セスタスが最初に居た拳奴収容所を離れるまでの間、セスタスとは1歳違いだけど身分違いの友達みたいな感じになっていた。
「全ての感動が色あせてしまって、どうしていいか分からない」と悩み続けている少年で、俺だったらセスタスみたいな友達が居れば凄く満たされたりしそうだけどなと思った。
もし好きだった後輩とせめて友達になれていたらと妄想してみた。
周りと同じように遊んでいても虚しく感じるような事もなくて、多分どんな事をしていても凄く嬉しく楽しい事に変わっていたんだろうな、と思えた。

色々考えたり漫画を読み漁ったりで、精神的に疲れきった感じでグッタリする。
少し前にメガビの子からよく聴いているというアルバムをもらった。
よく辛い辛いと言っていた子で、なんとなくその曲を聴いていると、毎日どういう気持ちでこの曲を聴いていたんだろう、と少し考えさせられる感じになった。
一度全部嘘だとされていたけど、やっぱり話自体は全部本当の事だったというのが分かった。
こんな酷い話は男達から追い込まれているような女でもない、っていうくらいの酷い事を何年間も繰り返しうけていて「よりによってこんな少年なのに・・」と少し締め付けられる感じだ。
でも、やっぱり欝の時に比べると全然違うか。
あまりに酷い話で、考えないよう目をそらしてしまう事が多い。

そういう目に合いそうになるのも認めたくない。
そういう子から見ても「自分がそうなる可能性」というのが「0」じゃないと納得できない。
本当なら「0」が当たり前なのに、何でこうもそういう子に限ってそんな目に合わされるんだろう・・
最近読んだ漫画で「笑うことでしか癒せない傷もある」とか「傷ついている人間は喜ぶ権利もないの?」という台詞があって、結構グサッときた。
でも、やっぱり認めたくない事実に関連付けて、どんな事だろうが認めたくなくて否定してしまう。
直接的には関係なくても、そういう子が何かを喜んでる状況が酷いものに見えてしまって、それを認める事ができなくなってしまう。
やっぱり、そういう子たちと関わっていても、元気付けるどころか足枷にしかなれないんだろうな、と思う。


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