今日は午前4時少し前に目が覚めた。 今日は寝起きから嫌な気分になる事がなくて「何でみんな自分からそういう目に合いにいくんだろうなぁ」と完全に他人事みたいな感覚になっていた。
しばらくするとまた中途半端な感覚が襲ってきた。 よく「心が強くなった」とかいうけど、ただ単純に苦しいことに対して鈍感になったり直視していない事を誤魔化したり美化したりしているだけだと思う。 「乗り越えられる」とかよく耳にする言葉だけど、乗り越えられるという風に割り切ってしまえるようなモノだったら、その程度のモノになってしまっているというだけで、その程度のモノにしてしまっている事を正当化しているだけ。 俺が自分の欲求が満たせないとかで悩んでいたものを意識しなくなったのも、乗り越えたわけではなくて、単純にそれ以上の苦しみや認めたくないような事の方が重視されてしまって、そちらに対して鈍感になっただけだと思う。 でも、認めたくなかった事以上の苦しみは今現在も存在していないし、これが鈍くなっていくのが自分で許せない事のように思えてまた訳が分からなくなる。 「薄くなっていくことを〜」とか考え出していなかったら、今でも前と同じくらい苦しい状態がそのまま続いていたのだろうか。 自分の中の色んな価値観に引っ張られて余計に中途半端になっていく。
サムライスピリッツの緋雨閑丸で色々検索していたら、むしょうに昔流行っていたヴァンパイアセイヴァーというゲームがやりたくなってきた。 色々なモンスターが登場してかなり雰囲気がよかった。
絶対にありえない事だからそれを崩すのが怖くて、どんな目にも合わせたくなかった。 でも、一度崩れてしまうと、もうそれに対する恐怖感がそれほどでもなく、絶対にそんな目に合わせずに守って行きたいという気持ちも沸かなくて、本当にその程度の存在になってしまう。 もう崩れている。 「そういう目に合ったりもするんだ」となってしまう。 それまで張り詰めていたモノが切れて、そのプレッシャーによって強まっていた感情も薄れて、自分にとって意味のないものになってしまう。 そこいらに居る人間と変わらない、気に留める事もない存在になっていく。 でも、ショタになってからずっと、その張り詰めていたモノを絶やす事がなかった。 ずっと続いていたのに無くなってしまった。 それでも前までは自分の感情や状態に関係なく、それ以上に強い存在だったから惹きつけられて、気遣ったり親身になったりできたけど、今はもうそうじゃない。
欝で苦しんでいた時、この世にあるモノは自分の中で否定しなければならない事だらけで、考え方を変えられない事が苦しくて苦しくてしょうがなくて「もし、この世にある色々なものを素晴らしいモノに感じられたらどれだけ楽しい事なんだろう」と感じる事も多かったけど、それらは突き詰めていくと全て許されないモノに繋がっていくように見えて、それらを認める事を自分自身に許せなかったり、それでまた抜け出せなくなっていっていった。 絶対的だと思える好きな対象を見ていると、良い意味で自分を変えられるというか、深く関わる事がなくてもその生き様?に触れるだけでどんどん自分自身を変えていけるような気分になっていたけど、それももう求められなくなってしまった。 今ではもう、俺にとって何の力も持たない存在になってしまっている。 「どんな酷い状況でも相手と関わっていられるだけで幸せだ」と言っているような奴らとは、求め方が違うんだろうな。 恋愛っていうのも、俺にとっては絶対に手が届かない存在だったし届いていい存在でもなかったから、叶えるものじゃなくて、その存在にあやかるものだった気がする。 誰とも関係を持たないアイドルを崇拝する感覚っぽかったかもしれない。 そこに踏み入る奴らは誰であろうとどんな理由があろうと絶対に許す事ができなかった。 他人に対して許さなかったから、自分に対しても容認する事がなくて、それで上手くバランスが取れていたような感じだ。 俺と同じように突き詰めていった状況を見せて、それでも俺と同じように許さないのか、それとも認めてしまうのか気になった。 俺から見て何より大事な存在だったから、その存在に見える少年には「自分自身が一番大事」くらいの自己中さ?があるとさらに安心できた気がする。 でも、そんな子は居なかったな。それでまたさらに認められない存在になっていく。 色々今まで感じていた事を振り返っていたらもう9時だ。 今日は起きた時間がちょうどよかったかもしれない。 今、色々頭の中をまとめてみて少しスッキリした。 一時的だろうけど気持ちが軽い。 感じている事を上手く言葉にまとめる事ができると、ちょっとした爽快感のようなものがあるな。
1.2時限目の西洋美術史、日本美術史の授業を受けるのは今年で3年目だ。 1年生の必修科目なのだが、全然出席していないせいで未だに単位が取れていない。 学年で言うなら2学年、年齢で言うなら3学年分下の生徒達と一緒に授業を受けている。 2時限目の終わりごろになって出席だけ取りに入ってくる生徒のグループがあるのだが、その中にどう見ても中学生にしか見えない子が居た。 最近よく見かけるようになったので多分1年生だろうな。 小さくて目が大きくて、声も子供の声だった。 大学生にも関わらず、少し不良っぽい感じで耳に象牙のような太いピアスを付けている。 この前も廊下に座り込んで雑談しているところを見かけた。 茶色に染めた髪の毛がふわふわしていて柔らかそうで、周りのいかにも大人という感じの生徒とのギャップもあって、結構可愛らしい感じがする。 それに比べて、周りに座っている女生徒たちを見てみると何の魅力も感じられなく、ただの汚い肉の塊に見えてしまう。 こういう少年と関わる自分、というのがイメージできず、少し違和感を感じた。 午前は普通に授業を受けていたけど、午後になって少し虚しくなってきてこのまま帰ろうか、とも思ったけど、帰ったところで結局何も変わらないので学校に残る事にした。 そういう子から想ってもらえても結局何も得られない。 何も残らない。 自分の人生は何なんだろうと感じた。 それから色々考えていたけど、授業が終わって地元に帰って来た頃になると、認めたくないような事実に比べれば小さい事だと思えてそれもどうでもよくなってきた。 そういう目に合う事やそういう目に合った事でさらに酷いと思える状況にいってしまう事に比べたら、本当にくだらない。 感情が薄れていっても、優先順位だけはハッキリさせておかないとな。
想ってもらえたのも、本当ならショタなんか鼻にもかけないはずなのに、そういう奴に悪戯された事で少年愛者が自分の人生に関わってしまったせいで、本来どうでもいい存在のはずなのに大きく見てるだけなんだろうな。 「自分だからいい」とか、本当なら許せないような人種のはずなのに甘く見たり。 そうじゃなくてもどっちにしろ喜んでいいような事じゃないし、それがあった上での気持ちを受け入れるのも酷いことだし、最低な事実はともかく想ってもらえたりした、というのは自分の中では無かった事にしてもいいかな、と思う。多分それが正しい。 何にしろ喜べない。それがあった上で関わっていくのは死んでも嫌だ。認めたくない。 原因は一つでも、拒否しなければならない理由、否定したい理由は数え切れないくらい増えていく。 それぐらい、俺にとって他の何より大きな事だと思う。 少年と関わったりできる事より優先しなければならない。 当たり前だけど、結局いくら考えてみても同じ結論しか出せない。 それ以外の結論を出したくない、というのも強いんだろうな。 虚しい。 今の自分の状況は辛いものなのだろうか。 それさえも鈍ってしまって分かりにくい。 でも、今の状態が嫌なものだ、というのはハッキリしてる。
リヴリーという育成ゲームをやっていたけど、行われるイベントイベント、全て月額を払っている会員にしか影響がなく、少し嫌気がさしてきた。 もしそういう目に合ってなくて本当の意味で叶っていたら、と思い浮かべてみると、さっき鈍ったと言ったばかりなのに満たされた感じになって、気分が高揚してきてワクワクした感じになった。あれだけ薄れてしまったものなのに、どうなっているのだろう。 自分は性格じゃなくて感覚が天邪鬼なのかな、と思った。 もし、想ってくれた子がそういう目に合っていなかったら、それは物凄く素晴らしい事のように感じられる。 これも、寝ぼけかけている今だけのものなのかな。
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