今日はずっと漫画を読んだりビデオを観たりして過ごした。 るろうに剣心を雪代縁編から読み始めた。 その後、以前録画していた唐沢寿明主演の西遊記のドラマを観た。 1〜3話が録画されているテープが、以前巻き戻しをした時に切れてしまっているので、一番最初から観る事ができないのが残念だ。 映像が綺麗だから違和感がないが、もう9〜10年も前のドラマだ。 何だか全然気分が晴れてくれなくて、とても息苦しい感じだ。
自分にとって強く感情を動かされるような物事は欝の原因になっていて、それ以外のモノに強く関心を持つ事ができない。 なんだか本当にくだらない。 もし、俺が最初からショタになったり変な性癖を持っていたりしなかったら、普通に皆が楽しいと感じる事を同じように楽しく感じたりする事ができたのかな。 そうなっていたら、無理にどうでもいいモノに興味を持ってるフリをしたり楽しいフリをしたりしなくて済んでいたかもしれない。 周りの人間と関わっていく事を煩わしく感じたり、無駄なストレスを感じる事も少なかっただろうな。 最初から何も感じていなければ、考えないでいられる事を気に病んだりもしなくて済んでいただろう。 そうなる前は、結構何も考えずに面白い事は面白いと捉えたりする事ができていたので気分も楽だったように思う。 なんだかとてもだるい気分だ。 欝の感覚が染み付いてしまっている。 できるだけ何も考えないようにしているのに、妙な焦燥感や不安感のようなモノがずっと離れてくれない。 何を考えているわけでもないのに、これは一種の病気のようなもので感覚だけは残ってしまうのだろうか。 FF10のシンに例える事ができそうだ。 召喚獣(原因になる物事)とエボンジュ(病気)が混じり合ってシン(欝)になり、混じった状態で召喚獣を倒す事で初めてそれが晴れてくれる。 召喚獣だけ消えても、エボンジュはなくなってくれない。 そんなイメージが沸いた。 説明しやすくするために例えたので、実際のゲーム内容とはちょっと違うけど。 あまり上手く例えられていないな。
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