囁き
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2001年11月26日(月) SS『ありふれた日常の喜劇』

『何時だったけ、付き合い始めたの・・・
 隣りにある温もりを体で感じ、その髪を軽く手で撫でながら、そんなことを考えていた。

 出会ったのは一年半くらい前。バイト先だった。それなりの人数がいるその中でも、彼女は光って見えた。多分、多くの奴に告白されたことがあるんだろうな。そう思った。それが第一印象だった。そして、その印象は間違っていなかった。
 どういうきっかけで僕の家に転がり込んだのだろう。そのあたりは詳しく覚えてない。携帯の番号を教えて、大勢で僕の家に遊びに来て・・・一人でちょくちょく来るようになった。多分、お互い恋愛感情なんてものはなかっただろう。それでも・・・
 大勢いるボーイフレンド・・・もしくは、肉体関係のみの相手の一人。そんな位置付けだったんだろう。僕の部屋で、他の男に電話をかけて数日家を空けるなんて事もよくあった。けど、そういう事もじきに無くなっていった。いまだ、僕に恋愛感情と呼びきれるものは無かった。持たないようにしていたのかもしれない。
 あるとき、別の人と付き合った。怒ったんだ、彼女は。僕が好きなのは別の人だった。けれど、結局彼女を選んだんだ。なんでだろうね。選ばざるをえなかったってのもあったけど。『他の女と暮らしてたなんて』って言うのが、その人の最後の言葉だった。まぁ、間違ってはいない。出て行ってもくれなかったんだけど。
 結局、付き合ってるってことになった。何度も喧嘩した。向こうが出て行ったことだってある。いつかは僕から謝り、いつかは彼女が謝った。そんな話も無しに、もとの生活にもどったこともあった。僕は、僕のなかに愛があるのかどうかは、まだわからなかった。既に他の男とは付き合ってなかっただろう。二人きりで色んな所に行ったし、腕を組んだ事だってある。身体の関係は、その前からあったけれど。
 彼女は綺麗な人。本来なら僕には手が届かないほど。『付き合ってから』初めてわかったことだけど、優しさもあるし、可愛らしさもある。知れば知るほど、僕は彼女がいつかは消えていくと思った。
 それでも、嫉妬や独占欲なんてものはあるんだね。それを知るたび、酷く自分が嫌になった。汚い人間に見えるんだ。向こうの生活を縛るつもりか・・・って。弱い人間に見えるんだ。一人で生きてきたはずなのに・・・って。心の中のどこかで、指をさして笑う僕がいるんだ。『なにをやっている?』ってね。

 ふと、彼女が目を覚ました。とろけそうな笑顔を僕に向ける。静かに唇を合わせた。そして、身体も・・・

 これも理由の一つかもしれないな。
 僕の腕と共に踊る彼女を見ながら、どこか冷静な部分でそう思う。それほど多くの女性と接したわけではないが、相性はかなりいいんだろう。もしかしたら彼女もそうなのかもしれないな。男女の中はハメれば治る、か・・・よくいったものだね。正しいのかもしれないな。僕達に関して言えば当たりなのかもしれない・・・


 扉を乱暴に閉める音が聞こえる。いつもの事だ。怒ってこの部屋を出ていく。いつもと違うのは、喧嘩の行く先だろう。僕にもあるように、彼女にも嫉妬や独占欲がある。ただ、それを隠すことはしない。親友と二人で飲んだだけだったんだけどね。まぁ、女の子だったんだけど・・・もういいってさ。戻ってくることはないと言い、いつものように扉を乱暴に閉めた。いつものように戻ってくることは。もう無いだろうが・・・
 僕はなにも変わらぬ生活を続けた。金を稼ぎ、遊び、生きる。なにも変わらない生活。ただ、煙草と一人酒の量だけが増えていった。それ以外はなにも変わらない・・・驚いた。いなくても、なにも変わらないことに。結局、僕は一人だったのかもしれない。こんなにもなにも変わらないんだから・・・
 一週間。そして二週間が過ぎた。連絡はなく、もうなにも変わらないと思っていた。時が過ぎる中、僅かに変わったものがあった。汚れていく部屋。コンビニ弁当のゴミ。増え続ける煙草と酒の量。生活の上では、かなりの幅を占めていたのかもしれないな・・・僕はそう思いながら、いつものようにバイト場の休憩場所で煙草をふかしていた。
「なにやってるのよ、こんなところで・・・」
 かけられた声に顔を上げた。何時の間にか俯いていたらしい。一人の女が苛立たしげに僕を見ている。彼女の唯一無二の親友だ。僕も少しは会話をするぐらいにはなっている。彼女のことだろう。というより、今までなにも言ってこなかったのが不思議なくらいだが・・・
「どうしたのよ、あの子・・・」
「しってんだろ?別れたんだよ。出ていった。話くらいは聞いてないか?」
「聞いてるから言ってるんじゃない!!」
 金切り声に、思わず顔をしかめる。とはいえ、いつかは来るだろうと予測はしていたから、しかめたのは声だけの理由だったが。思い出して痛むという事は無い。思い出させられて顔をしかめるのは、引きずっている証拠。それは未練と呼ばれるもの。たとえ自らがふったとしても、その痛みがあるうちは僅かな未練はあるさ。もっとも親しき者が消えてしまったんだ。一人では生きられない生物が悲しむのも当然なこと。誰も否定など出来ない。・・・少しだけ風が吹いている僕も同じなのだろうけれど・・・だからと言ってやり直すわけでもないのは、世間を見ていれば分かる。
「どうすんのよ?このまま終わっちゃうの?携帯に電話ぐらいは出来るでしょ?」
「出てったんだよ?愛想尽かしてさ。どうやって、どの面下げてするのさ?」
「待ってるかもしれないでしょ!?」
「どこにいるかもわからないんだよ?携帯だって変えてるかもしれないしね。着信拒否だってありえる」
 そういえば、どこにいるのだろう?僕の部屋で暮らしていた彼女は、自分の家なんて無かったはずだ。昔の男の部屋にでも転がり込んだのだろうか?連絡とってるのはここしばらく見てなかったけど・・・
「違うわよ!変えてなんかない!!着信拒否にもしてないわよ!!毎日泣いてるわよ!?後悔して!!!」
 僕が聞いた事がないのは、深い後悔の声と涙声。悲しみの涙も見たことはない。そんなのは、僕が発するものだった。彼女はそんなものをもってない。どんな喧嘩をしても、そんなものは見せなかった。聞かせなかった。彼女は持ってないんだ。強い人だから。
「なんで言える?聞いたのか?待ってるって。電話かけにこいっていう伝言でも受けてるの?いる場所とかも知ってるわけ?」
「え、あ・・・それは・・・多分だけど・・・でも・・・」
「最後の顔見てないからそんなこと言えるのさ・・・」
 そう。最後のあの憎しみの表情。そして声。いつもと違ったんだ。だから、もう戻ってこない。そう思ってる。だから未練なんて・・・
「怖がってるの!?知らないわよ、もう!!あの子、寝られないでずっと泣いてるんだからね!?」
 乱暴に扉が閉められる。再び部屋に訪れた静寂に安らぎを感じ、胸の奥に溜めた煙草の煙を深く吐き出した。
 怖がってるか・・・そうかもしれないな。
 誰もいないことを幸いに、一人苦笑する。完全にふられるのも怖いのだろうが、なによりもそんな行為をしている僕に対して。未練がましい男にはなりたくないし、そう思われるのも嫌だ。なにより、どんな話をすればいい?『戻ってきてくれ』。そういうのは簡単だけど、理由が見つからない。完全に別れの言葉を呟く理由も見つからないけれど・・・たった一つ、あの憎しみを除けば。あんなに憎まれたのなら・・・

 バイトを終え、家への道を歩む。汚れた部屋。しばらくはなかったものだけれど・・・
 愛と憎しみなんて表裏一体・・・いや、時には同一のもの。愛しているから憎む。憎むから愛している。誰だってそうさ。純粋なもんじゃないんだ、恋愛なんてものは。嫉妬。独占欲。肉体的欲求だって勿論ある。僕達みたいに肉体関係から始まる恋愛だってあるんだからね。喧嘩もあれば、対立だってある。自分の思うようにしたいってのだってね、ないとはいえないさ。例えば映画を見に行くとき、なににするかなんてどうだ?好かれるように演技だってするし、嘘もつく。出来るならば、家に閉じ込めて自分だけ見てほしいって思うことはないかい?誰にも会わせず、会話もさせず、自分だけ見て、愛してほしい。そんなことは出来ないだろうけど、少しの憧れくらいは、ある・・・誰だってそうだろ?心の闇から訪れるそれは、それでも僕にはひどく美しいものに見える。人の欲望は、黒いかもしれないが綺麗な塊。愛しくしっかりと胸に抱く。手離すことなど出来ない。この世の誰もが心の中に持っているものだから。人としての存在理由だから。
 グラスに酒を注いで、氷を浮かべる。ここのところ、酒しか口にしていない。胃は酷く荒れているだろう。知ったことではないが。
 人は、何故一人で生きられないのだろうか。他者を知り、群衆の中に存在するときから、人は一人でいられなくなる。そうでなければ、淋しいと思う気持ちすら持つことはないだろう。誰も愛さずに生きる事が出来れば、それは至上の幸福なのだろう。一人ならば傷つくことも傷つけられることも無く、無駄な穢れを持つことも無く生きていける。けれど、出来ない。この国に住む多くのものが、生まれたときから一人ではないのだから。いくら望んだって・・・!!
 手にしたグラスを壁に投げつけた。琥珀色の液体を飛び散らかせ、砕けたグラスは街の光を反射して綺麗に光っている。美しい輝き。しかしそれを握り締めては血を流すことになる。そう。まるで愛と同じように・・・いや、愛は傷つくのは一人じゃない。お互いが、だ。傷つき、見えない心の血を流し合って悲しみの涙をこぼす。それでも離れられない理由とはなんなのだろう?何故か震える肩を抱く。何を僕は恐れているのだろう。無数にある理由の一つ一つが僕を苛む。それは、人という人間の悲しい心理と習性への恐怖だった。恐ろしいことだ。傷つけるのを知りながら、それでも人を愛し、側に置かなければ生きていられないなんて・・・!!
 一体どれくらい僕はそうしていたのだろう。何時の間にか涙をこぼしていた。恐れは消える事を知らず、広がり続けている。誰も愛さず生きられるなら・・・たった一人で生きられるなら・・・それは強さか・・・?唇から零れ落ちたその言葉を耳が拾い上げる。同時に、鳴り響いていた電話の音も一緒に拾い上げた。何時から鳴っていたのだろうか。今思うと、ひどく前から鳴り響いて、僕の頭を掻き乱していたような気がするんだけど・・・僕は震える手で受話器を取った。電話の向こうの声は、今まで聞いたことのない声だった・・・
「・・・あたしよ・・・」』


 全てが喜劇とも言えるさ。傍から見れば、どんなことだって笑うやつの一人や二人、いるだろう?
 愛の種類なんて無数にあるけれど、どれもこれもがただの喜劇。


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