WELLA
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1998年08月19日(水) Sweet Home(4)

ふと気がつくと、前回の更新からほぼ20日経過してしまった。
途中でちょっと旅行に出かけたり、忙しくなったりで書けなくなったのだが、実は延々と家の話を書きつづけているうちに飽きてしまったというのが事実である。
そうこうしているうちにもケンブリッジでの生活は進んでいて、もうずいぶん過去の話でもあるので、今更わざわざ思い出すまでもないような気がする。実際私にとっては愉快な話ではないのだ。

続きからいうと両親は無事にケンブリッジに到着した。
久し振りの再会を喜びあい、スーツケースの半分を占めた日本食に当惑しつつも、ありがたい親心と、感謝しつつもらった。今のところ私たちはあまり日本食に執着がないので、インスタント味噌汁以外は頂き物の海苔や梅干しぐらいしか持っていない。
そのため「なぜ、この家には日本食がこんなにないの!?日本食は世界で一番すばらしいのよ!」などという大時代的なお説教もセットになっていた。

そんなこんなで楽しく家族で過ごしていたある朝、早く起き出していた夫が異変に気づいた。
我が家の玄関にはドアの両脇に明かり取りの格子窓がはまっているのだが、そこが外部からこじ開けられた形跡があるというのだ。見に行くと確かにドアノブに近いほうの窓の、下から20センチぐらいのところまで格子が内側には曲げられていて、床には剥がれ落ちた窓枠のパテと塗料が散乱している。ガラスは割れていない。何者かが窓をこじ開けて、そこから内側のロックを外そうとしたらしい。手口は至って単純である。
もっとも仮に内側からロックを外すことに成功したとしても、うちの玄関ドアは先日の水漏れ以来、体当たりしないと開かないぐらい重くなっている。このため開けようとすると相当な音がしてその時点で諦めたはずなので、その意味では安心なのだが、失敗したとはいえあまり気持ちのいいものではない。外を見ると昨日の夜閉めたはずの門が開いたままになっている。私たちが寝ている間に誰かがここに来て、再び出ていったのだと思うと、急に背中を寒いものが走った。

夫は気が動転したのか、窓枠をもとに押し戻そうとしてしまったのだが、もちろんそんなことはしてはいけない。現場の状態をイタズラに変化させてはいけないのである。
まず家主さんに電話をする。家主さんの思慮深いご主人が出てきたので「またもや問題が発生しました」と伝える。例によってご主人は辛抱強く私の話を聞き、私たちは大丈夫なのかを聞き、警察に電話したか尋ねる。まだだ、と答えるとそれでは早速警察に電話して報告書を作ってもらうように、と警察に伝える内容まで考えてくれる。最後に「知らせてくれてありがとう。そのことを聞いて私はとても心を痛めている」というような意味のことをいった。
英語にはその手の、残念な気持ちを伝える言いまわしがたくさんあるのだな、と妙に感心した。
お次は警察である。
私たちは仕事のある夫を残してバスで遠出をすることになっていたので、後は夫任せである。身支度をしながら聞くともなしに夫の警察への電話を聞いていると、どうやら向こうの方が慣れている分一枚上手である。夫は時折「その通り」などといいながら電話を終えた。すぐに来てくれるらしい。時間になったので出かけることにした。せっかく楽しく過ごしている最中に気が滅入る事件である。

夜になって家に帰ると、こじ開けられた窓の周りに黒い粉がまぶしてある。警察が来て指紋を採ったのだが、何も残っていないという。そりゃぁそうだろう。いくらコソ泥とは言え、手袋ぐらいはするだろうから。窓は相変わらず少し開いたまま、賊の立場からすると、さらに仕事がやりやすくなった状態のまま夜を過ごすことになった。一応窓の部分に応急処置の目張りをした。父が2階からアイロン台(こちらのアイロン台は立ったままかけるので大きい)を持ってきて窓の部分に立てかける。これらのささやかな努力も、ないよりはマシである。
その夜は夜中に何度も目が覚めた。物音がすると不安になる。庭から賊が侵入してくるような気がして、庭の電気を点けておこうかと思う一方で、庭を明るくして却って賊が進入しやすくなっても困るなどと思って、すべてが不安材料に結びついてくる。

昼になって家の近所の様子を観察してみると、我が家ほど無防備な家はないようだ。
特に表通りから庭まで直に行けるのはうちぐらいのものである。普通の家は途中に木戸を取り付けてあるようだ。私たちの前に入居していた人は、庭に面した大きなガラス戸の鍵を閉め忘れてコンピュータを盗まれたそうだ。確かにこの作りなら侵入しやすい。
大家さんから電話がかかってきたので庭に木戸を取り付けてはどうか?と聞いてみたのだが、大家さんは、賊はどこから入ってくるか分からないのであまり効果的ではないだろう、という。なんという消極的な答えだろうか。それにしてもトラブル続きの家である。大家さんもうんざりしていることだろう、と拝察される。
この辺の賊は本当にコソ泥で、ビデオ、カメラ、コンピュータ、貴金属、などを持って行くらしい。
もともと我が家は貴金属の類はほとんどないので、貴重品はカメラとコンピュータぐらいなものである。いずれもデータが大事で、盗まれたら金銭で償えるものではないが、とりあえず保険に入ることにする。

平静を取り戻しつつあったある日、電話がかかってきた。警察からだという。ちなみにPOLICEは「ポリス」ではなく「ポリース」というようだ。ポリースと聞いて緊張が走る。
「この間、何者かが侵入しようとしましたね。それで云々…でしょうか?」
「は?」
「いや、だからこの前何者かが侵入しようとしましたよね。」
「はい。」
「それで云々…でしょうか?」
「…は?」
なんと緊張してうまく聞き取れないのである。仕方がないのでこちらで知る限りのことを一方的に話す。
「…ええと、先週何者かが侵入しようとして、失敗して、それで夫が警察に電話して、警察に来てもらって、報告書を書いてもらいました。」
「ええ、そうです。それでそれから特に異常はありませんか?」
「えっ…ええ、特に変りはありません。だいじょうぶです。」
「GOOD!それはよかった。用件はそれだけです。大丈夫ですね。それじゃ、バ、バーイ」

本当にそれだけの用事だったらしい。不毛である。余談だが、イギリス人は年寄りも子どもも「バイ、バーイ」という。ニュースキャスターですらニュースの終わりにそう言う。なんとなく気の抜ける言葉である。
それにしても、ポリースよ、そもそも何か問題があったらすでに警察に連絡するだろう。「便りのないのは良い便り」という諺を君たちは知らないのだろうか?緊張して損した気分である。しかも事態は一向に変化していない。悪いことも起きていない代わりに良くもなっていないのである。


以後一ヶ月。相変わらず玄関の窓は半分開いたまま、紙で目張りしてある。庭への通路には道を阻むようにごみ箱を置いてある。夜不在のときに家が真っ暗にならないように、玄関ホールの電気は昼間からつけっ放しにしてある。外から貴重品が見えないようにカメラ、コンピュータは目に付かないところに置いてある。
コソ泥はあれ以来侵入した形跡がないのだが、これらの予防策が功を奏したのか、それともたまたま来てないだけなのかは、わからない。


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