WELLA
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1998年07月01日(水) Meet People(1)

見知らぬ土地に移り住んだ当初は、物珍しさと戸惑いとで無我夢中のうちに日々が過ぎていくものだが、生活それ自体が落ち着いてくると、新鮮な驚きばかりではなくなってくる。夫は確固たる組織の一員として迎えられていて、いやでも日々新しい出来事に直面していくわけだが、私のように子どもも職も持たず、社会的束縛もない気楽な立場の人間にとって、特に昼間一人で家にいるときに襲ってくるのが孤独感である。
好きなテレビを見、好きな本を読み、好きなときに昼寝をし散歩をし、ネットに繋いでは友人たちとやりとりしていても、やはり生身の人間との交流がなければ空虚である。自分から求めて外へ出て行かなければ、誰も私がここにいることを知らないし、私のもとへやってくることはない。
焦燥感と孤独感の数日を過ごした後、社会に接点を求めるべく動くことにした。手っ取り早いのは語学学校に入ることであるが、これでは周りは英語を学びにきた外国人ばかりになってしまう。私はお客さんとしてではなく、ここで暮らし、現地の人々と交わりたいのである。
とはいうものの、就労ビザではないのでアルバイトするわけにはいかないし、なによりこの貧弱な語学力ではいかんともし難い。それにできるだけ出費はおさえたい。訪問研究員用の催し物に参加しようと思ったが、ちょうど夏休みに入るところなので、ほとんど終わりである。
一人悶々としていても仕方がないので、情報を求めて地元の中央図書館に行く。大体、催し物などのお知らせは図書館や大学会館のような人の集まる場所に掲示されているものである。

中央図書館は町の中心のショッピングセンターの一角にある。規模としてはあまり大きくないが、「図書」館というよりは「情報提供」館としての性格が強いように思う。ネットサーフィンとCD−ROMの利用に限った端末があちらこちらに配置され、新聞のコーナーも充実している。レファレンスコーナーの脇にはかなりのスペースが掲示板のために割かれ、各催し物や求人広告のポスター(いずれもA4サイズ)がびっしりと貼られている。
いくつか目を通した後、市のボランティアセンターのチラシをもらって帰った。私の時間は余っているし、ボランティアなら語学力が足りなくても何かできそうである。それからこの機会にイギリスの手話(British Sign Language)を学びたいと思っていたので、その情報ももらえるかもしれない。
日本で少しボランティアをやった経験上、私はボランティアとしてそこに集まるのは面倒見がよく、またボランティア以外にも何か積極的に興味深い活動をしている人が多いのを知っている。だから、英語力およびこの国での生活に対してハンディキャップをもっている私にも親切にしてくれるに違いない、という甘い目論見もある。

チラシには「Meet people,New Experiences,Learn New Skills, Gain Confidence,Have fun!(人々と出会おう、新しい経験、新しい技術を習得しよう、自信を得よう、楽しみを得よう)」という見出し。なんだか心惹かれる文言である。楽しそうである。なによりボランティアとは自分のためにするものだという明確な姿勢が伝わってくるではないか。中身を読むと、特に技術を持ってなくても構わないと書いてある。たとえば病院で患者が外に行くときの付き添いでは、車椅子の押し方も教えてくれるらしい。要は体と時間があればいいのだ。市のサービスで外出が困難な人を図書館に送迎したり、代理で図書館に行って本を借りたり選んだりするというものもある。これも面白そうである。もう少し生活に慣れてきたらやってみたい。

翌日ボランティアセンターを訪ねると、がらんとしている。不安な気持ちを押さえて「あのぉ〜」と聞いてみると、満面の笑顔で対応してくれホッとする。なんでこの国の人たちはこんなに笑顔を作るのが上手なんだろう、などと思いながら手話を勉強したいと思っていること、それからボランティアで何かやりたいと思っていること、などをぽつぽつと話をする。手話の講座はあいにく9月以降になるという。が、ちょうど今ボランティアのキャンペーン期間なので、図書館の一角でいろいろアドバイスをしているという。教えてもらった時間に再び図書館を訪ねると、先ほどボランティアセンターの同じ部屋にいた係の人が私を見覚えていて、これまた満面の笑顔で話しかけてきてくれる。

ここで再び、ボランティアをやりたいと思っていること、英語力が足りないので複雑なことはできないこと、でも、車椅子を押したりすることはできると思っていること、それから活動を通して私の英語力があがることを期待していることなどを話す。
彼女は私の話を辛抱強く聞いてくれたあと、「それならこれはどう?」といくつかパンフレットを示してくれた。視覚障害者の話相手ならあなたの勉強になるからいいと思う、これはここにある。それから病院では常にボランティアを必要としている、これはあなたの家から遠くない、などと言ってくれる。

とりあえず登録票に記入することにする。住所や名前の他に、興味を持っていること、提供できる技術、それからボランティアを通して自分が何を得たいかということを具体的に書き込む欄がある。日本だと自分の享受するものについての期待を聞かれることはあまりない。聞かれたとしてもせいぜい動機で、「困っている人を助けたい」とか「私のようなものでお役に立てればと思って」などと控えめに曖昧なことを答えるものである。やっぱり合理的である。迷わず「ボランティアを通してたくさんの人々と会い、英国の生活を深く知る。ついでに英語もうまくなりたい」と書くが、困ったのは提供できる技術である。
今のところ車を持っていないので肢体不自由者やお年寄りの送迎はできないし、貧弱な英語力では視覚障害の人のための代読や代書は無理だし、唯一それらしい技術である私の手話は日本語なので、ここでは猫の手ほどの効力も持たないのである。しかしやる気だけではあまりに寂しい。
こんなことならもう少し習い事をちゃんとやっておけばよかった。これといって取り柄がない。

さて、考える、考える、考える…。

仕方がないので、苦し紛れに「ピアノが弾ける」と書く。すっかり指がさび付いてしまっているが、簡単な伴奏ぐらいなら弾けるだろう。少なくとも猫の手よりはましである。
と、係の人が「確か病院でピアノを弾く人を探していたわ」と目を輝かした。異常に盛り上がっている。早速明日にでもいくつか連絡をとって、その結果をあなたに連絡するようにするわ。今日は来てくれてどうもありがとう。それじゃ気を付けて帰ってね。
…なんとなく話がまとまってしまった。

数日後、グレンダさんと名乗る人から電話がかかってきた。ケンブリッジの町外れにある病院のボランティアコーディネーターだという。テキパキとしながらも親しみのこもった話し方で、私たちはよく調律された古いピアノを持っている。ついては患者のレクリエーションのために週一回ぐらい弾きにきてはくれないだろうか、という。嫌だったら来なくても一向に構わないけれど、私たちはあなたが来てくれるのを期待しているわ。とりあえず地図を送るので一度相談がてら見に来てちょうだい、そこでいろいろ決めましょう。じゃあね。

というわけで私は病院のピアノ弾きとして、グレンダさんと会って話をすることになったのである。


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