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1998年06月30日(火) イギリスはおいしいか?

イギリスの食事がまずいということは、世界的に知られていて、われわれが渡英することを知った友人たちも、口々に「イギリスはおいしいものがないらしいですけど、大丈夫ですか?」と心配してくれたものである。
しかし数年前に林望氏が「イギリスはおいしい」というセンセーショナルなタイトルの本を出し、本当はイギリスにはおいしいものがあるのではないか?という疑問も広がりつつある昨今である。イギリスは果たしておいしいのかまずいのか?さて、ここに明快な答えを出そう。

イギリスではおいしいものはおいしい、まずいものはまずい。 おわり。

と、これで終わってしまっては意味がないので、少し解説すると、食事がおいしくなるかまずくなるかの要因は一つではない。一つには食材自体がまずい場合。二つには調理法がまずい場合。
イギリスの場合は間違いなく後者に当てはまる。素材のよさは日本などの比ではない。ミルクは味が濃いし、野菜はちゃんと野菜本来の味がする。ハムやベーコンはじっくりと味わいがあって嬉しくなる。フランス料理は素材の悪さをカバーするために、濃厚なソースなどを使った調理法が発達したといわれているが、イギリス料理の場合は手を加えれば加えるほど、どんどんまずくなっていくのが特徴である。
とにかく肉は焼きすぎ、野菜は茹ですぎ、しかも味付けは単純な塩胡椒である。なぜイギリス人の作る料理がまずいかについては諸説あって、キリスト教徒の一派であるピューリタンの、「食べ物の味わいなどにうつつを抜かしていてはいかん」という禁欲的な発想からともいわれているが、単なる味オンチともいわれている。

10年前、私がホームステイしていた家で出される食事も伝統的な家庭料理だった。受入先のお母さんは、親切にも食事のたびにキッコーマンのお醤油をテーブルの上に出して置いてくれたのだが、どうしても食が進まない。毎回大量のグリンピースと、ジャガイモがある時は茹で、ある時は炒められて添えられているのである。その家の娘はグリンピースが嫌いらしく、いつもまるまる残していたが、お世話になっている身としてはそういうわけにもいかない。
考えた末、所持金も少なくなってきたので倹約のためもあって、昼ご飯をりんご一つ、あるいはコーラ一本という荒療治に出た。するとあら不思議、するすると喉を通るではありませんか。まさに空腹にまずいものなし、を身をもって実感したのである。さらに言うと、行きのアエロフロート機ではとても食べられたものではなかった機内食も、帰りは全部平らげてしまった。ちなみに行きも帰りも全く同じメニューだった。いかにイギリスで鍛えられたか知れるというものである。

渡英する前、ある英国人に「イギリスにはおいしい食べ物がないのではなく、おいしい食事がない」というと、「とんでもない」という答えが返ってきた。イギリスにはおいしい食事があるというのだ。「中華、イタリアン、インディアン、フレンチ、どれもおいしいぞ!」という。確かにおっしゃる通りである。同じくホームステイしていた頃に、フランス料理系の店に入って久しぶりに「味わいのある」ものを食べたという記憶がある。旧植民地の関係で、この国には至るところにインド料理と中華料理の店がある。それから南部イタリア人の移民が多いので、イタリア料理、特にピザの店が多い。
ケンブリッジは街の規模の割にレストランが多いところで、今のところほとんど毎日外食なのだが、やはりこれらの国の料理店が多い。英国式のパブでも食事ができるところがあるが、一度入って懲りてしまった。やはりパブは一杯飲んで帰るところである。大量に皿に残った料理を見て「調理さえしていなければ食べられたのに…」と思うのは心が痛む。

イギリス料理の店を避ければこうした思いをすることはあまりないのだが、一口に中華やインド料理といってもあたりはずれがある。実際に料理をしているのが、移民の二世や三世あるいはそれ以上になると、味付けがだんだんイギリス的になってくるようなのである。いかにも本格的な店構えをしていても、要注意である。その点イタリア料理店はあたりはずれが少ないように思う。イタリアは近いし、移民も比較的新しいので、より本物に近いものが食べられるのではないか、と推察する。
フランス料理はどうだろうか。一度有能な秘書ペニーさんに薦められたフランス料理店に入ったのだが、これなら私が作った方がましだというようなカタカタのオムレツが出てきて、デザートもおいしくなかったので、それ以来他の店も試していない。

今のところ一番のお気に入りは街の中心に程近い中華料理店なのだが、ここもいつも満員である。疲れたな、と感じるとなんとなく足が向く。野菜はしゃきしゃきと、肉は柔らかく煮え、素材の味を生かした調理に感嘆しながらがつがつと食べる。周りの客が不器用にお箸を使ったりフォークを使ったりしているなかで、お箸の国から来たわれわれが唯一優越感をもてるときでもある。
おいしいものを食べながら、イギリスの人たちはいったい自分たちの家庭料理をなんだと思っているのだろうか、などと思う。こんなにおいしい物があることを知ってしまって、よく自分たちの国の料理が食べられるものだ、と感心する。ここが流行るということは必ずしも味オンチばかりではないということだからね。

そこはよくしたものでこの国では「お持ち帰り(take-away)」も盛んである。たいていの店でそのサービスがあって、件の中華料理店でもひっきりなしにお持ち帰りの客が訪れる。街のスーパーにも出来合い(ready made)のパックが多い。これも中華、フレンチ、イタリアン、と多彩である。何度か試してみたのだが、これがおいしい。いずれも中華は中国人、イタリアンはイタリア人、と本物が作っているものらしく、下手にレストランに行くより確かである。外食よりもずっと安く上がるし、味が気に入らなければ再加熱のときに自分で手を加えられるのがいい。

自分では料理をしない。それがイギリス人の生活の知恵といったら言い過ぎか。


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