たしか2か月前に私は初めて渡瀬君と出会った。彼と渡瀬君は同期ということもあり仲が良く定期的に飲んでいるのだがその場に私も成り行きで行くことになった。
彼とは違い渡瀬君はスマートなサラリーマンだった。ネクタイこそしてなかったが、皺のないスーツはまめに手入れがされていた。大衆居酒屋の席とはいえビジネスバックは無造作に放り出されるのではなく、きちんと立てて置かれていた。その中はきちんと整理されていて、ノートと財布と手帳の場所はいつも決められたところに納まっているようだった。
渡瀬君は 「どうも。渡瀬です」 ときちんとした姿勢ではっきり言った。 眼は誠実で曇りがなかった。
私が勤めている会社は女性ばかりの職場である。そして基本的に私の仕事は、社外の人とコンタクトをとらないので、対外的なビジネスシーンはあまり無い。そして最近接した男と言えば私よりも一回りの上の若干頭が禿げている部長か、この自由奔放で何を考えているのか解らない彼くらいで、若くきちんとした男のきちんとした態度でのきちんとした言葉は私を緊張させた。そして渡瀬君は私より2歳若かった。
私が荷物を整理し座るまでの間に彼は手際よく定員を呼んで私から飲み物のオーダーをとって注文をした。
「菅野さんは最近仕事が忙しいって山下から聞きましたけど、今日は早いけど大丈夫ですか?」
「それは大変ですね。その5年目の子はこの先やっていけるんですかね?」
「女性だからそれは仕方ないのか。ところで、お酒強いほうですか?結構飲んでるなと思って」
「あぁ、あの店ですね。僕もたまに行きます。料理も美味しいですが、定員が気取ってなくていいですよね」
「あのドラマ面白いですよね。他にはどんなの見てます?」
と渡瀬君との会話は流れるように進んだ。 それは、バス停に完全に停車しないバスを想像させた。即ち、バスがバス停近くで徐行している間に、会話という乗客が乗り降りを行った。バスはバス停で1秒も止まらない。もちろん信号にも引っかからない。赤信号で止まらないように渡瀬運転手は慎重にアクセルとブレーキを使い分けた。そして、乗客を飽きさせないように、簡潔で明瞭に会話のテーマを乗客に投げかけた。
一方、山下が運転するバスは信号に何度も引っ掛かっていた。乗客はイライラしていた。私はその様子を、山下バスに併走し滑らかに進む渡瀬バスの車窓から眺めていた。山下バスに乗ったらなぜ私はイライラしてしまっていたのか、今では良く理解できた。
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