イタロ日記

2013年06月11日(火) 【旅日記】アウシュヴィッツ


収容所入口「働けば自由になる-Arbeit macht Frei」


雨。

今日はアウシュヴィッツを訪れる。
実は最初にポーランド旅行を計画しだした頃は、訪問予定に入れてなかった。

去年、父が死んだ。
原因は交通事故。
日本人男性の平均寿命ぴったりで他界したので、短命ではない。
だが横断歩道を渡っていた父は、右折車に巻き込まれて引きずられたので、顔に大きな傷を負って息絶えていた。

そんな姿を見てたんで、「人の生き死に」に関わるようなものは当分見たくなかったんである。

でもポーランド自体を訪れる機会が今後あるかわからないし、今回訪問しなかったら一生来ないかもしれない。
そう思ってやっぱり見学することにした。

前置きが長くなりましたが。

アウシュヴィッツはドイツ語でつけられた街の名。
ポーランド名「オシフィエンチム」。
レトロな列車でギコギコ向かう。
到着したのは人口4万人程で、団地も公園もある普通の街。

駅から強制収容所に徒歩で向かう。
生活感のあるベランダを見ながら、この街の人々は、自分の住む街が「アウシュビッツ」として知れ渡っていることをどう思っているんだろな、と考える。

収容所付近はツアーバスや見学者でごった返していた。
冬以外はガイドツアーでないと入れないため、英語ツアーに参加。

あえて見学後の印象から先に書く。
酷い言い方だが・・・
「ピンと来なかった」!

ごめんなさい。
言葉がわからないということもあるが、なんだか映画のセットのようにしか思えなかったのだ。
私は「見学」というより「墓参り」をするような気持でここに来た。

だがあまりにも多い見学者の列、まるで修学旅行のよう。
流れ作業のように各棟を回っても、亡くなった方々の辛さを感じ取ることが出来なかったのだ。
大量の毛髪を見ても。ガス室を見ても。


ガス室で使われたチクロンB。元は殺虫剤



見学後、もう1つの収容所「ビルケナウ」に向かった。


死の門


変な言い方だが、こちらの方がイメージしていたアウシュヴィッツに「来た」感があった。
そのことをniraさんに言ったら、彼女がとても鋭いことを言った。
「不謹慎な言い方になってしまうけど、それは『フォトジェニック』だから」。

すごく感心したのだけど、「イメージの刷り込み」って大きい。
曇天の草原の中で、本当に僅かながら、ここに連れてこられた人々と同じ風景を見ているという実感が湧いたのだ。


6000ボルトの有刺鉄線


雨に濡れた草むらを見ると、小さなてんとう虫が居た。
当時も同じように虫は居ただろう。でもそれに目をやる余裕はあったのだろうか。


てんとう虫さん。ほっとする。



帰国してから、図書館の本で収容所内の状況を再確認した。

印象に残ったのが「命のボウル」。
食料とは呼べないようなスープを入れる器だが、それを無くすと食事は配給されない。
無くした人は、僅かなパンを3日分残し、それと引き換えに倉庫の人から「買う」。

ギュウギュウ詰めに押し込まれたベッドから降りられない人は、排泄もそのボウルにするしかない。
洗う水は無い。
同じボウルをまた食事に使って、下痢をして死んで行く。


人々が押込まれた小屋。ベッド1段には8〜9人が寝る


生き地獄に人間が人間を追い込んで行く。
でも、収容された人々を丸刈りにしたり、皮膚に番号を彫ったり、それは殺戮者にとって「これは人間ではない」と思い込む手段が必要だったからではないか。

どうして罪悪感を払拭する『手間』をかけてまで、他者を殺めようとするんだろう。
今の私はその心境が「わからない」「狂っている」と思う。
でもきっかけさえあれば、私も簡単に言い訳を探して同じことをするのだろう。

色々考えては見ても、私はいつも通り日々を過ごして行くしか無い。
さまざまな形で「死」は身近にあると気づいてはいても。

とりあえず、できることとして・・・
私を生かしてくれている何かと、てんとう虫さんにありがとう。


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