無責任賛歌
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|藤原敬之(ふじわら・けいし)

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2005年11月28日(月) ミクシィの穴/映画『奇談(キダン)』

 ミクシィ内でも、巧妙な手口のスパムメールや迷惑広告、詐欺的商法が広がりつつある、という話をヨナさんの日記を読んで知る。具体的には、以下のような手法だそうだ。

〉簡単なプログラムを組んで不特定多数のミクシィ会員の「自己サイトエリア」に足跡をつけまくったり、特定のコミュニティ(特定のテーマを語り合う掲示板、グループのようなもの)のメンバーリストを抽出してそのメンバーに片っ端から「マイミクシィ」登録をしてほしいというメールを送りつけ(中略)、多くの「足跡」「プロフィール」を経由したユーザーは、そのプロフィールに書かれてあるURLを参照し、広告なり勧誘なりのページに誘導されてしまう。
   
 「足あと」というのは、ミクシィの特徴であるアクセス解析のことである。通常のアクセス解析は、経由してきたURLは表示されても、必ずしも誰が覗きに来たかまでは分からないものだが、ミクシィの場合は、会員の名前もアクセスしてきた時間もちゃんと表示される。だから、「足あと」に見も知らぬ人の名前があれば、「この人はどういう繋がりで、なぜ私のところにやってきたのだろう?」と、足あとを辿って相手のページに行くことはごく自然な流れだということだ。
 私はミクシィに参加してはいても、その「足あとさん」のページに載っているURLをクリックしたことはないので、今のところ、危ないサイトに誘導されたことはない。とりあえず詐欺には遭わずにすんでいる。しかし、それは単なる僥倖に過ぎないかもしれない。たいていの詐欺事件の場合、特に振り込め詐欺などについては、私は「なんでこんな単純な手に引っかかるのだ」と多少高飛車なモノイイをしてしまうのだが、今回はそれも言いにくい。実際、これは、「SNSであるミクシィ内だからこそ、被害を受ける可能性が大きくなる」点で、詐欺野郎の方が我々よりも一枚上手だなあと思うからだ。
 普通のホームページ等と違って、ミクシィ内では「足あと」を残すことに誰も違和感を感じていない。私などには平気で見も知らぬ人のところに足あとを付けまくる人間の方が常識を忘れてしまっていると思うのだが、紹介でしか会員になれないというシステムが、自然と「ミクシィ同士の連帯感」みたいなものを作り上げていて、警戒心が薄らいでいるように見えるのである。トモダチのトモダチのトモダチはみなトモダチだっていう幻想。世間一般ではそんなのは殆ど絵空事でしかないのだが、ミクシィ内ではそれはまだ「有効」だと信じられていたようなのだ。しかし、SNSとて所詮は「現実」である。中には、カネ繋がりでトモダチになったやつだって、いておかしくはない。幻想を持っている人間ほど、現実の人間関係に疲れてミクシィに「癒し」を求めて参加した人間ほど、この手の詐欺に引っかかりやすいように思う。そしてそういう人々は、かなりの数、ミクシィ内に存在しているのではないか。
 無作為に同内容のメールが何百通と送られているような状況があればそれを速やかに察知し、排除するようなプログラムをミクシィが開発すればこの騒動はいったんは休止するだろう。けれどもこういうネット詐欺の手口は、緒戦は取り締まる側と取り締まられる側とのイタチごっこに終始する。きっと、また新しく巧妙な詐欺の手口が生み出されることは火を見るよりも明らかなのだ。結局は、「個人での防衛」を考えるしかなくなる。一番効果的なのは「ネットから遠ざかる」ことだろうが、これができるユーザーが果たしてどれだけいるものか。
 これは決して冗談で言っているのではなく、「今はハマッていても、いつでも自分は止められる」という「見極め」がないと、人間はそのモノに取り憑かれて、陥った「穴」から抜け出せなくなるのだ。いわゆる「妄執」に取り憑かれる、というやつである。オタクはそういう点で明らかに精神的なビョーキなんだね。
 「ミクシィ内の情報だって、結構外にだだ漏れ」ということは、ミクシィ日記を始めてから感じていたことだ。「足あと」を参照すると、しょっちゅう覗きにくる見知らぬ人がいて、かなり気持ちが悪い。一度ミクシィ日記でそのことを漏らしたら、「気にしなくても大丈夫ですよ」というコメントをたくさん頂いた。確かに私のマイミクシィに登録してくださっている方々は、そんな怪しいやつとの付き合いはないようであるが、ガードが甘いなあという気はどうしてもしてしまう。日記をミクシィ内に全公開している人もいるのじゃないかな?
 今のところ私は「友達の友達まで公開」という形をとってはいるが、更に「友達まで」に限定しなければならなくなるかもしれない、と感じている。トモダチのトモダチの中には、どうやら私と面識のある方もいらっしゃるようなのだが、何を恥ずかしがっているのか、私の日記を覗きには来るのだが、「自分ごときがおこがましくて」とかで、マイミクシィ登録を申し込めないでいるようなのである。でもただ覗いてるだけって、ミクシィ内ならともかく、一般社会なら一種のストーカー行為だから(笑)。マイミク登録したいならさっさとしちゃいなさい。ってこっちの日記は見てないか。見ない方がいいかもしんない。


 父からまた「年末で仕事辞めるぞ」との電話。
 「もう疲れてしもうた。姉ちゃんと気持ちよう仕事がでけんごとなったったい」
それはもう何度も聞いたので、正直、私は、「どっちでもいいよ」という感想である。だもんで、「店は潰すんね。それとも姉ちゃんだけ辞めさせてお父さんだけ仕事続けるんね」と聞いてみたら、「それが迷いようとたい。顔剃りはもうしきらんもんなあ。髪つむだけの店でもよかて、昔からのお客さんが言うてくれようけんなあ」と未練タラタラなのである。
 「何でこげんことになったとか分からん。俺が姉ちゃんに何か要らんこと言うたとかもしれんばってん、それが全然思い出せんとたい」と言うのだが、つい何ヶ月か前、父は、中身は明かさなかったが、「姉ちゃんに要らんこと言うた」とはっきり言っていたのである。要するに、父がボケたことが父と姉の確執の一番の原因だろう。姉も融通を利かせられるタイプではないので、ボケ始めた父をうまくあしらえなかったのだろう。カタストロフィは必然だったということか。
 「お前には言うだけ言うとかないかんと思うたけんな」と言って父は電話を切ったが、言われたところで私には何の手も打ちようがない。多分、私が何を言っても、それが父にとって都合のよくないことであれば、父は数日でサッパリとそのことを忘れてしまうのだ。そのうち父は私の存在自体、忘れてしまうだろう。緩慢な別離が進行しているのである。


 しげのダウナー、ようやく回復の兆し。仕事も「辞めたい辞めたい」と言っていたのが、「前ほどには辛くなくなった」そうだ。
 「こないだイッセーさんの芝居を見て、ホッとしたんよ」としげは言う。
 「どういうこと?」
 「ワークショップに参加したころからおかしくなってたんだけど、イッセーさんの舞台見てたら、『ああ、自分はこっち側にいていいんだ』って思えるようになって」
 「それは、『舞台に立たなくていい』って思えたってこと?」
 「そうかな」
 「つまり、イッセーさんと一緒に舞台に立つことがプレッシャーになってたわけだ」
 「うん」
 「でも、それは逆に言えば、自分が傲慢になってたってことだよ。イッセーさんに対抗しなきゃなんないなんて、下手な『プロ意識』を持ってたってことなんだから。……できるわけないじゃん!」
 「そうだけど……」
 「俺は、森田さんが『シロウトって凄いよ。イッセーさんに絡んじゃうんだから』と仰ってたのを聞いて、ホッとしたんだよ。『ああ、自分はシロウトだから、何やってもいいんだ』って開き直れてさ。うまく芝居ができなくったっていいんだよ。ヘタに『うまく立ち回らないと』なんて思うから失敗するんだよ」
 「うん……」
 結局、生活も含めて、しげは全般的に、「完璧でないとダメだ」と思い込むクセがあり、これが自分を追いつめてしまっているのだ。おかげで「どうせできないんだったら最初からやらなきゃいい」で、引きこもって何もしなくなってしまうのである。そういう自己暗示が、「舞台に立たなくていい」と思ったことで、少し解けたのだろう。「仕事自体がイヤ」と言っていた状態からは何とか脱却したようだ。
しげはともかくマイナス暗示にかかりやすい。その暗示は偶然解ける場合もあるが、殆どの場合、その「洗脳」は簡単には解けないし、しげ自身、心にブロックを掛けていっかな解こうとしない。天の声のように、洗脳解除が自然にやってくるのを待つのはいつになるか見当も付かず、その間、しげに振り回されることになる周囲にとっては、この状態は大迷惑なのである。何とかセルフコントロールできるようになってほしいのだが、昔からの「甘えんぼ」体質が抜け切れないので、いつまでも同じ失敗を繰り返す。
 私がしげに「仕事続けないなら出ていけ」と厳命したのは、いささかす厳しすぎるように思われる方もいらっしゃるだろうが、際限なく甘える人間に対して、表面上の優しさだけで付き合ってなど行けないのである。でも、暗示が解けて気が楽になったら、またしげの家事は適当になってきたんだよなあ。頼むからもうちょっと脳みそのシワを増やしてほしいよ、全く。


 仕事を終えて、キャナルシティへ、久しぶりに映画を見に行く。
 「ラーメンスタジアム」の沖縄ラーメン「通堂」で、「黒こがしおとこ味ラーメン」。なんだか凄いネーミングだが、こってりとんこつ味である。何を「焦がし」てるんだかはよく分からないが、スープ自体、油をそのままズルッと飲み込むような感触があるので、好みはかなり分かれるだろうと思われる。しげは「旨塩おんな味ラーメン」を注文、男でもあっさり味好きの人はこっちの方を選んだ方がよさそうだ。ちょうどサービス中で替え玉がタダだというので、二人揃って注文。あとでしげが「体重が増えてなくてホッとした」と言ってたが、だったら替え玉を頼まなきゃいいのである。庶民は「タダ」には弱いねえ。

 キャナルシティのシネマコンプレックス、先月から「AMC」が「ユナイテッド・シネマ」に買収されたために、「ユナイテット・シネマ キャナルシティ13」と名前が変わっている。内装も看板などが変更されているが、駐車場の無料割引が、これまでの2時間から3時間に延長されたのはありがたかった。たいていの映画が2時間を越えているので、これまではどうしてもアシが出ていたのである。
 更に配給の系列が変わったので、福岡には来ないと思っていた『奇談』や『銀河ヒッチハイク・ガイド』も急遽公開が決定した。今日はまず、『奇談』の鑑賞である。
 『新世紀エヴァンゲリオン』をご覧になったことがある方なら、使徒が倒されたあと、十字架状の光芒が立つのをご記憶されていると思うが、あのイメージのオリジナルが、諸星大二郎のマンガ『生命の木』のラストシーンである。庵野秀明監督が魅せられて流用したように、煎じ詰めれば、この作品のキモは、そのラストシーンを見るためだけにあると言ってもいい。問題は、さて、そこに至るまでの展開をどう持っていくか、という点にある。何しろ原作は30ページほどの短編だから、長編映像化にあたっては、かなりの力量が要求されるのだ。
 脚本も兼ねた小松隆志監督の演出、これは決して下手ではない。原作の主人公を男性から女性に変更し、かつて少女のころに物語の舞台となる「隠れキリシタン」の村で神隠しにあったとし、その時の記憶を取り戻すために再び村を訪れる、というのは充分に必然性のある設定になっている。主人公の佐伯里美を演じた藤澤恵麻、切実な表情を作るのがうまく、物語をよく牽引してくれている。しかし如何せん、原作に忠実に映像化されたラストシーンのインパクトが強いだけに、この「必然性のある設定」が「ありふれた設定」に見えてしまうことも事実だ。
 村で偶然出会った稗田礼二郎(阿部寛)と行動をともにするのだが、見覚えのある教会を訪ねたり、村の老婆の証言を聞きに行ったりはするのだが、肝心の「はなれ」にはなかなか出向こうとはせず、モタモタした印象を受けてしまう。善ず(やべけんじ/声・三ツ矢雄二!)の死以外には事件らしい事件も起こらないので、「地味」な感じは拭えない。もうちょっと何とかならなかったのか、ともったいなく感じていまうのだ。原作では敬虔な信徒であるあまり、事件の隠蔽工作に走った神父(清水紘治)も、映画では右往左往するばかりでいてもいなくてもいい存在になっている。これは明らかに脚色上のミスではないか。
 ノベライズ版を読んだときに危惧していた「おらと一緒にぱらいそさ行くだ!」のセリフの変更(「行くんだ!」と標準語化)もやっぱりあった。これなどは何のための変更なのか、脚本の意図がまるで分からない。
 『生命の木』の映像化としては、かなり不満も残るのだが、見所もないわけではない。オリジナルキャラである神隠しの少女・静江(ちすん)の美しさは息を呑むほどであったし(だからこそ、活躍しないのがまたもったいないのだが)、重太(神戸浩)、洗礼のヨハネ(白木みのる)は、これ以上はないというほどの適役である。批判はあろうが、少なくとも、前作『妖怪ハンター ヒルコ』より仕上がりの後味感はよい。諸星大二郎ファンなら、一応は見ておく必要のある映画だろう。
これがきっかけになって、『海竜祭の夜』や『死人返り』とかも映画化されてほしいんだけれど、ヒットしてないみたいだから無理だろうなあ。今回も私たち夫婦のほかはお客さん、一人しかいなかったものなあ(涙)。ジャパニーズ・ホラーもかなり頭打ちなのである。

 帰宅して、DVD『機動戦士Zガンダム 星を継ぐ者』を見る。
 改めて、情報量の多い物語を難解に描くのではなく、観客の想像力をうまく喚起させるように編集している演出の妙に感嘆する。これを「難しい」とか「退屈」とか「テレビシリーズを見てないと分からない」とか言ってる連中は、「映画を読む力」を無くしてるんだろうな。

 今日、読んだ本、ササキバラ・ゴウ編『「戦時下」のおたく』(角川書店)。
  賛同する点、多し。
 マンガ、諸星大二郎『稗田のモノ語り 妖怪ハンター 魔障ヶ岳』(講談社)。
  稗田シリーズとしてはイマイチの出来。
 マンガ、現代洋子『社長DEジャンケン隊』1巻(小学館)。
  野田義治社長は巨乳だけの人ではなかったのだな(笑)。

 もう本の感想はこの程度しか書けないけど、ごカンベン。

2004年11月28日(日) 「地雷」がいっぱい(^_^;)
2002年11月28日(木) 再爆走�ぁ新�をとっては/『恋愛出世絵巻 えん×むす』1巻(瀬口たかひろ)/『ウルトラマン画報』上巻
2001年11月28日(水) ひと月早いぞ誕生日/DVD『キカイダー01』第1巻/『マジンカイザー』2巻ほか
2000年11月28日(火) 〆切はゴムのように延びる(^o^)/『蟲師』1巻(漆原友紀)ほか



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