無責任賛歌
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| 2005年11月06日(日) |
さよなら本田美奈子.さん/『あたしンち』11巻(けらえいこ) |
歌手で女優の本田美奈子.さんが、急性骨髄性白血病で死去。享年38。 「はてな」日記にも追悼の言葉は書いたが、読み返してみるとかなり感情に流されている。実際、きっと病気を克服して復帰すると信じていただけに、ネットで記事の見出しを見た時には、本気で取り乱してしまったのだ。 感情が先走ると、細かい誤謬にまで目くじらを立てるようになる。たいていのニュースが、本田さんの名前の最後に「.(ドット)」を付けることを忘れている。「ドットを付けると画数が31画になり、開運のために変えました。いつでも歌手として人として女性として輝いていたいのでドットを付けました」という趣旨で、昨年11月に改名しているのだが、個人のプログなどではそのことに気付かずにドット無しで記事を引用している人も多い。それでもファンかよと腹を立てたり、逆に全然開運になってないじゃないか、占いなんて何の役に立つかと恨めしく思ったり、ともかく常軌を逸してしまっていた。 本田さんがこの世にもういないのだ、もうあの歌声を聞くことはできないのだ、いつかは生の舞台を見に行きたいと思っていたのにと思うと、胸が塞がれ、同じ病気になっても渡辺謙のように見事復活を遂げた人もいるというのに、どうして本田さんがこんな悲しい目に合わなければならないのか、医者はいったい何をやっていたのだ、怒りのぶつけどころがなくやりきれなく、思考はどんどん後ろ向きになっていく。 そうして少しだけ落ち着いてくると、ああ、私は本当に本田さんの歌声が好きだったのだと、そのことだけが意識されるようになる。
多分、あれは『ザ・ベストテン』に本田美奈子.が初めて出演した時のことだから、20年も前のことになる。嬉しさもあったのだろうが、ともかくハイテンションで、司会の久米弘が声をかけてもまるで無視をして、テレビカメラの恐らくはファンに対してのつもりではあろうが、「ヤッホー」と手を振り、勝手に喋って、久米弘も黒柳徹子もいささか当惑していた。他のテレビに出演した時にも概ねそんな調子だったから、一般的な印象は決してよかったとは言えない。デビュー直後であるにもかかわらず、当時のアイドルにありがちな「ぶりっ子」なところがなく、よく言えば個性的だが、しかしそれを快く思わない人たちには「生意気で傍若無人」と捉えられていたのだ。それが「本田美奈子」という「現象」だったのである。 松田聖子などもファンの好き嫌いが極端に分かれるアイドルであったが、「天下を取った」アイドルにはそういう毀誉褒貶がつきまとう。そろそろ一般化してきた「ヤンキー」が本田美奈子の主要なファン層であったこともあって、その若さに似合わぬ歌唱力に惹かれてはいても、一般の音楽ファンが「本田美奈子が好き」とは言いにくい雰囲気も当時はあった。『1986年のマリリン』にしろ、『Oneway Generation』にしろ、ちょっと突っ張った、若さが先走りしている印象があって、こういう闇雲さは一時的に若い層の共感は得るけれども、「ホンモノ」ではないのでじきに飽きられる、今付いているファン層はアテにはならないのだが、と危惧をしていた。その予測は悲しいことに当たってしまうことになる。
あとになってこんなことを言うと、ウソだろうと疑われてしまうのだが、私は本田美奈子.はロックなどに拘らず、いずれミュージカル俳優か何か、ともかく舞台や演技の方にシフトしていけば成功するのではないかと踏んでいた。と言ってもたいした根拠があったわけではなくて、「この人は歌は実際にうまいんだし、この人の見た目のビジュアルだけに惹かれてるような今のファン層はいずれ離れていくだろう、このままただのアイドルで終わるにはもったいない」と思っていただけのことである。
主演映画『パッセンジャー 過ぎ去りし日々』が大コケして人気が下火になっていたころ、本田さんは写真家の秋山庄太郎にポートレートを撮影されている。『昭和の美女』に収録されたその写真は、それまでの「アイドル」の顔ではなく、生意気さもツッパった険しさもなく、正面を優しく潤んだ目で見つめた「女優」の顔であった。「本田美奈子嫌い」を標榜していた知り合いにその写真を見せたところ、彼は最初それが誰か気がつかず、「これ誰?」と言い、私が「本田美奈子だよ」と言うと、「うそ!」と叫んで目を丸くし、「本田美奈子にこんな表情ができたのか!」と感嘆した。 もちろん、ミュージカル女優となって以後の本田美奈子.を知る人には、彼女がそういう表情を作ることができるのも自明のことになっているが、当時はそれくらい彼女へのマイナスイメージは固定化していたのである。しかし、そのころの本田さんの心の中には、アイドルを脱皮して新しい道を切り開こうとする意欲が既に沸々と湧いていたのだろう。 そんな本田さんの「新しい顔」を捉えた秋山庄太郎だが、本田さんを撮影したことなど数年できれいサッパリ忘れてしまっているのだから、人と人との係わり合いとは不可思議なもので、言葉では何とも評しようがない。
「転機」を迎えた後の本田さんの軌跡については、既にあちこちで語られ始めている。しかし、かつて彼女を襲ったバッシングの嵐については、もう古いファンしか知らなくなりつつある。掌を返すように去っていったアイドル時代のファンたちを、本田さんがどう感じていたかは分からない。悲しんでいたかもしれないし、全て過去のことと忘れてしまったかもしれない。 ミュージカル女優になって、さらにはクラシックの世界に挑戦し、その歌の世界を着実に広げていったことは、本田さんにとってはその都度「再生」する思いで行ってきたことではないだろうか。本田さんの歌声を、私は結局一度もナマで聞くことができなかった。今はCDを聞き返し、録画した舞台中継を見返すのみである。多分、今も、この世ではないどこかで本田さんが歌を歌い続けていることを祈りながら。
実相時昭雄監督が、読売新聞に「病気とつきあう」と題したエッセイを掲載している。 内臓疾患があるとのことだが、「付き合う」とはつまり「病院に掛からない」ということで、どうやら放置しているらしいのだ。ムカシの人はなぜか医者嫌いの傾向があるけれど、それは多分、長く生きれば生きた分だけ、「医者の無能」に遭遇する率が高くなるからだろう。 けど「医者嫌いも困ったもんだな」程度では済まされない。実相寺さんは昨日の『乱歩地獄』の完成披露の席にも「体調不良」で欠席したというのである。実相寺さんの周囲におられる方々も恐らくは「医者にかかりなさいよ」と説得しているんじゃないかと思うが、素直に聞いているかどうかは分からない。これまでの実相寺さんの自分の体を省みないご行状はもはや「伝説」となっているので、それが簡単に改まるとも思えないのだ。 ファンとしては、まだ何本でも映画を作ってほしいと思っているので、少しは自重してほしいと願ってはいるのだが、それももう無理なのだろうか。
ミクシィに入ると、自分の日記を覗きに誰が来たのか、「足あと」の欄をクリックすると分かる仕組みになっている。これまでの日記もアクセス解析はあって、どこから飛んできたかは分かるものの、誰が来たかまでは特定できなかったので、これが「会員制」ってことなんだなあと感心する。 しかし、入会したばかりの人間の日記なのに、いったいどういう興味があったものか、全く見知らぬ人も結構覗きに来ているのである。トモダチ探したい人がいっぱいいるということなのかな(笑)。 旧知のヨナさん、あやめさんもミクシィ登録していると連絡があったので、早速マイミクシィに登録させていただいた。これで、昨日の日記に書いたように、トモダチがいなくてすぐに退会させられる事態にはならずにすみそうである(笑)。
マンガ、吉崎観音『ケロロ軍曹』11巻(角川書店)。 まあ、ちょっくら飽きが来てるところではあるのですが(苦笑)。 前巻から引いた「決戦、ケロロ小隊24時」編も、あっさり過ぎるくらいに決着が付いて、また、まったりした「オバケのQ太郎SF風味」みたいな展開に戻っちゃった。 新キャラの月神散世(つきがみちるよ。かぐや姫かワーウルフかい)、冬樹に恋する桃華のライバルなわけだが、イカニモなメガネっ娘キャラで、11巻も経ってわざわざ出さなきゃならないキャラでもないんじゃないかという気はするが、これもまた「終わりどころを逸した」マンガの一つなんで、あまり文句を付けるのも酷というものだろう。 劇場映画は見に行くかどうかはまたせ分からない。『ゾロリ』と併映ってのはなかなかオイシイカップリングだし、子供向けじゃん、と思っていた映画が、劇場版になった途端に出来がグンとよくなるのは『クレヨンしんちゃん』とか『デジモン』などで証明済みだから、ちょっと期待はしてるんだが。
マンガ、けらえいこ『あたしンち』11巻(メディアファクトリー)。 表紙はユズヒコ。と、これで家族四人、めでたく表紙を飾ったわけであるが、次はまた母さんに戻るのであろうか。 家族の日常マンガで、まったりマンガで、『サザエさん』から風刺部分を抜いた実に毒のない、およそオタクがファンに付くマンガでは全くないのであるが、こういうマンガが日本のマンガシーンの裾野にあって、マンガ読者を支えているのであるから、単に好きなマンガだけを読んでいたいというだけでなくて、もちっとマンガ文化のありよう全体について考えていきたいと考えている人たちにとっては決して無視はできないマンガなのである。 まったりマンガと書きはしたが、けらさんのキャラクター造形力、これは尋常でないくらいに優れている。タチバナ家の人々はもちろん、名もなきサブキャラのディテールに至るまでけらさんの人間観察眼は細かく行き届いて描写されており、一人一人が実に個性的である。マンガの持っている「カリカチュア」の特性を最大級に生かしていて、それでいて読者にリアルさを感じさせるという、とてつもなく優れた技術の上にこのマンガは成立しているのである。練達の技、と言っていい。 例えば、ユズヒコのクラスで、『いつでも泣ける』(笑)というベストセラー本が流行っていて、みんなが読んで泣いている、というエピソード。ところが川島さんは読んでも泣けない。ユズヒコのことを好きだけれども言い出せないくらいに気弱な川島さんだから、周りに付和雷同して「すごいいい本!」と賛同してしまう。でもクラスの中でもマイペースな石田さんは、読んでも「泣けなかった」とあっさり言ってしまう。リアルだと言うのは、この子が、「自分だけは見方が違うぞ」という特権意識で「泣けない」と主張するのではなく、全く自然にそう口にするところである。さらには、ユズヒコが「えーっ? これって犬じゃなくて飼い主が死ぬんだ!?」と大勘違いをしてのける。おかげでみんな涙が引いてしまうのだが、「キャラクター造形力が凄い」というのは、こういうちょっと暢気なユズヒコが、実はクラスの中でも「密かにモテている」ということで、しかもその事実にユズヒコ本人は全く気が付いていないという点なのである。無精ひげが生えると姉のみかんから「ハムスターみたい」と言われてしまうようなちょっと冴えないご面相であるのだが、だからこそ、女の子からはモテているのだ。 『電車男』がブームになったおかげで、全国のモテナイくんはモテるための手段を模索するようになったようであるが、一番モテるタイプの男の子というのは、実はユズヒコのような心に焦りのない、暢気なようでいて実は一本芯の通っている「男」ではないだろうか。まだ恋に目覚めていないというのも、高校生の時点ではポイント高し。 逆に「思考ただもれ男」の藤野はモテないのである(笑)。いるよ、こういうやつ。 ついでに言えば、男の子から普通にモテるタイプは藤野さんで、マニア受けは石田さんである。川島さんはずっとユズヒコに片思いであるが、残念ながら態度が中途半端なのでモテない。やっぱり自分で一人「立っている」女性が、憧れの対象となるのですよ。 何か、マンガ評というより、「恋愛分析」みたいになってしまったが、一つ一つのエピソードについて、読み込んでいくほどに「テーマ」が生じて、思考があちこちに派生していくのが、このマンガの描写力が優れていることの何よりの証拠なのである。
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藤原敬之(ふじわら・けいし)
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