無責任賛歌
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午前中、仕事の真っ最中にしげからメールが来る。今日しげは、父と一緒に、母の遺産(つか、株券だけど)を売って、現金化して受け取る手続きをしに出かけていたのだが、なんか、銀行の通帳番号が必要だとか何とか言ってきたのだ。 とりあえず折り返し電話を入れてみたのだが、父の返事は「簡単に売ってもらえん」とかで、とんと様子が解らない。なんかもー、直接私が行って段取りつけないとカタがつかないみたいなので、仕事を早引けして、午後から天神に出る。証券会社に行って、担当に話を聞いてみると、要するに「株を売ってほしくない」から引き伸ばしにかかっていたのであった。 私は株には全く興味がない。父も同様で、賭け事の類が性に合わないのである。ところが母は生前は大の株好きで、私の給料を勝手に抜いては株を買うくらい熱中していたのだが(そのたびに怒ってたのだが、母は決してやめようとしなかった)、唐突に倒れて行っちゃったので、株券のありかなんかも分からなくなっていた。今度見つかったのは、私名義の株券で、結構いいとこのものがなんと1000株もあった。これが儲かっていたなら、今ごろ私は左団扇の生活ができるところだろうが(そこまでではないにしろ、半年くらいは無職で暮らせたろう)、残念ながらバブル崩壊前に購入したものである。今や私のひと月の給料よりも安くなってしまっている。母が亡くなった時点でも相当株化は下落していたろうから、その存在を私に言えなかったのも頷けるのである。もちろん、後生大事に取っておく気は全くないから、さっさと手続きをすませた。 父も、母が死んだ当初は「お母さんが好きだったから」とか何とかリクツをこねて、株券を手放さなかったのだが、もうこれが面白いくらいにどんどんどんどん損していくものだから、いい加減でようやく処分する気になったのである。父は「早いとこ売ってりゃ、こんなに損はしてなかった」としきりに残念がっいたが、だから人間、余計な欲なんてかくもんじゃないんである。 もっとも、母がこれを私への遺産としたいと考えていたことは間違いないだろう。そんなに早く行くつもりはなかったろうから、まとまった額になったら、生活の足しにしなさい、と言って渡すつもりだったのに違いないのである。その気持ちはもちろん嬉しいのだ。普通の親なら「貯金」に回すところを、そこで株を買っちゃうのが、「人生はバクチ」の母の性格を表しているようで、かえって微笑ましいくらいである。父の分も合わせると、損した分は家一軒が買えるほどであるが、借金を相続したわけではない。マイナス分も含めて、私は母の「気持ち」を相続したのだ。それは充分プラスと言うか、予想外のプレゼントであった。 母が「ゴメン」と謝ってる姿を想像すると、こりゃまあ、許さないわけにはいかないのである。
父とは大丸の京料理の店で食事をして別れる。時間の余裕があったので、映画に誘ったのだが、「もう、このトシになると映画館の中で寝るから」と断られた。「録ってるビデオも見んずく行くかなあ」と言うので、「録るのが楽しいっちゃけん、それでよかろうもん」と答える。引退が近くて、弱音発言が確かに多くなっている。けれど、江戸時代の髪結い床からの子孫を自負していて、心底仕事の虫だった母とは違って、父は結構遊び好きである。引退したからと言って、必ずしも気が抜けて何をしたらいいか分からない、ということにはならないだろう。盆休みには、ちょっと、近場で家族旅行でもしようか、と相談をする。
帰宅してからは、遅れてる日記を書いたり、本を読んだり。 マンガ、島本和彦『ゲキトウ』1巻。 小原愼司『二十面相の娘』3巻。
山本弘さんの『SF秘密基地』、久しぶりに見てみたら、なんかまたすごいトラブルになっている。……イヤね、もう1、2ヶ月に1回覗くか覗かないか、くらいのペースになっているのだけどね、『スチームボーイ』の感想、誰か書いてるかなあ、とふと気になって覗いてみたら、別のあるスレッドが、もうなんかすげえワヤクチャになってたんである。どうしてたまにしか覗かねえのに、そのとき必ずトラブルになっているのだろうね、あそこは(^_^;)。 全部読む元気はなくて、飛ばし読みの把握だから、ところどころ理解し損なっているところはあるかもしれないけれど、「重力レンズ」がどうの、「難破船」がどうのと、つまりは『ギャラクシートリッパー美葉』の歌詞と、『水の星に愛をこめて(『機動戦士Zガンダム』)』の歌詞のどっちがよりトンデモか、という論争らしい。 ……論争、というよりただの感情的な貶しあいじゃん(-_-;)。 絶句したっつーか、脱力したっつーか、情けなくて涙が出てきましたよ(T∇T)。 ともかく何度も何度も何度も何度も私ゃ書いてるけどね、「荒らし」は無視すればいいんです。「荒らし」を呼びこんじゃうことは、これはあそこのホームページの性格上、仕方がないことだ。どんなつまんないスレッドが立てられても許容するというスタンスだから、考えなしのあほんだらはそりゃウンカのごとく寄ってきますって(ルールには「許容しない」と書いてるけど、実質上はどんなバカばなしでもOKになってる)。 けれどそこでどうしてみんな「荒らし」に反応して突っ込んでいくのか。ヘタに山本さんを擁護しようとして、「ガマンできなくなってヒトコトだけ」とか言ってしゃしゃり出て行くウンカが後を断たないから、山本さんも激昂して冷静さを失うし、伸びる必要もないスレッドが伸びて行くのである。「荒らし」の対応は山本さんに任せておけばよい。たとえ山本さんご自身にトラブルをうまく回避できる力がないと判断したとしても、それが「じゃあ自分が出ていかねば」と、「荒らし」に対応しなければならない根拠にはならない。そこんとこをいつまで経っても学習できないのだ、あそこの住人は。一回、二回の失敗ならば愛嬌ですむかもしれないが、もう、5回か、10回か。「反省した」「もう今後は感情的な書き込みはしない」などなどの言質を簡単に翻したヤカラがどれだけいたことか。 何度か「最初は『荒らし』だとは思わず、話の通じる相手だと思ったから意見を書きこんだのだ」という言い訳を聞いたことがあるが、いったいなぜそう思えるのだろうか。最初に「荒らし」始めた何人かが、意図的に「荒らそう」と考えていたのか、結果的に「荒らし」になってしまったのか、それは確かに分からないことである。一応、筋道を立てて山本さんを批判しようとしているようにも見えるので、本人たちも全然「荒らし」てる自覚はないのかもしれない。しかし、論議がどういう方向に収束して行くか、それを予測せずにただ意見をぶちまけるだけなら、そこにどんなに根拠があり、論理的な筋道が存在していようが「荒らし」以外のナニモノでもない。最初は判別がつかなくても、50も60もスレッドが伸びて行けば、いい加減で気がつかなきゃおかしいだろう。そんな「荒らし」に反応して反駁しまくった連中も、レベルは同じなのであって、やはり「荒らしに反応するのも荒らし」なのである。 擁護派だろうが批判派だろうが、つまらなかったり、いいかげんな内容だと思ったスレッドに対しては、いちいち批判なんぞしなくて、無視すりゃいいのである。たかが掲示板の雑談なのに、なぜ、不必要にからかったり熱くなったりしなきゃならんのか。読んでて真っ先に思ったのは、「ほかにすることないのかコイツら」であった。 「荒らし」の最たる人は、「これは山本さんへの『諫言』である」とかフシギなことをのたまっておられたが、自分の行為が「荒らし」になっていることの自覚もない人間の言葉に何の説得力があろう。それに本気で諫言するつもりなら、まずはメールで直接山本さんに言うのが先ではないのか?(多分、あのスレッドに参加せずにそうした人はいるだろう)。メールしたけど、無視されて仕方なく、というのならまだ分かるんだけど、特にそれらしきことを行ったという言質は見当たらず、恐らくそんなことはやっちゃいない。つまり、ありゃ明らかに最初から公衆の面前で山本さんを罵倒したいという「荒らし」が目的なのである。……そんなのの尻馬に乗ったって、山本さんに声が届くわけがない。 ……覗いた目的の『スチームボーイ』、誰も見てた形跡がなし。なんか殆どのオタクから見捨てられてるんかな、あれ。
……ついでながら、昨日の日記の「あなた」への私のコトバも「諫言」だの「忠告」だのって類じゃない。私ゃそんな意見の押しつけは大嫌いだし、したこともない(されたと思った被害妄想なやつはやたらいるが)。メールや電話であんなこと言ったら、「押し付け」だと思われるから、それはしなかったし、「〜してほしい」というのも「願望」を表したに過ぎないのだ。どうしても「忠告」だと受け取りたいならそれでも構わないが、無視されたって全然構わない。それは当然本人の自由なのである。 自分のホームページにしか批判としての意見は書くまい、と決めたのには、そういう理由があるのである。
2003年08月02日(土) 新番組いくつか/映画『パイレーツ・オブ・カリビアン 呪われた海賊たち』/『ルパン三世公式マガジン』8月18日増刊号 2002年08月02日(金) 復讐正露丸/『快傑ズバット』第一話/『芥川龍之介 妖怪文学館』/『秘宝耳』(ナンシー関) 2001年08月02日(木) 『題未定』ってタイトルのエッセイ集があったな/『キノの旅�検戞併�雨沢恵一)ほか
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藤原敬之(ふじわら・けいし)
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