無責任賛歌
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|藤原敬之(ふじわら・けいし)

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2003年02月16日(日) 事故の顛末(^o^)� 辛饌罅悒▲僖奪塑屬旅極鼻�

  朝は寝過ごしちゃってアニメも特撮も見られなかった。
 起きたのは昼をとっくに回っていて、なんだか体が重いので、風呂に入ってるところに、練習に出かけていたしげが帰ってくる。
 「なんしよん?」
 「何って……風呂だよ」
 「それまで何しよったん?」
 「寝てたよ」
 「なん、つまらん男」
 家でゆっくりしてて面白いエピソードなんかあるか。

 しげ、今日みんなに配ったというバレンタインチョコの余りを一つくれる。
 一つと言っても、野球ボールをひと回り大きくしたくらいの大きさはある。当然一日で食いきれるものではないので、チビチビと分けて食ってくしかない。
 「冷蔵庫に入れとくしかないなあ」
 「チョコって冷蔵庫に入れると美味しくなくなるってよ?」
 「だからって、外に出してたら腐るやん!」
 この程度の大きさのチョコですら苦労するのだから、例の「タライチョコ」を渡された其ノ他君はどうであったろうか。
 「『重い』って言ってたよ」
 ……もっと積極的に断ろうよ、其ノ他君(-_-;)。

 しげから、新しく演出になった鈴邑君が夢を見た話を聞く。
 「なんか、アンタを怖がってるみたいよ」
 「……どして?」
 「アンタが鈴邑さんの枕元に立って、今度の演出について『ふっ、まだまだだね』って言ったって。……なんでそんなことしたん?」
 「しねーよ!」
 わしゃ六条御息所かい。


 夜、NHKで東京ボードヴィルショーの舞台『アパッチ砦の攻防』を見る。
 福岡に来た舞台を生で見ているけれど、その時は主演が佐藤B作・石井愃一のお二人だったが、こちらはオリジナル版の佐藤B作・伊東四朗バージョン。
 前にも放送されてたやつの再放送だけれど、改めて見ても脚本のムリを伊東四郎が随分救ってるなあ、という印象。小林信彦が「佐藤B作が弱い」と『コラム
は誘う』に書いてたけど、まあその通りなんだけれども、ボードヴィルショーの舞台なんだからしょうがないじゃん(^_^;)。小松政夫と伊東四郎のコンビだったらもっとよくなることはわかりきってるけど、主役を二人とも客演にするわけにはいかないしねえ。


 この四、五日で、この日記のアクセス数が、一日平均50件ほどに増えた。
 それまでは、平均15〜20件程度、ヘタをしたら2、3件、という日もあるので(^o^)、2倍から3倍くらいの増加だ。
 いったい、何が起こったんじゃらほい、また「2ちゃんねる」にURLを張られでもしたかな、と一瞬考えた。
 私の場合、先からずっと、読んだ本や見た映画について悪口を言いまくってたから、2ちゃんに「こんなん悪口言われてるでえ」とその内容やアドレスを貼られたことも何度かある。そのたびにアクセス数は一時的に十数件増えるのだが、二、三日もすると、波が引くようにスウッと、また、静かなサイトに戻るのである。
 ところがどうも今回は様子が違うな、とカンが働いた。

 で、アクセス先を辿ってみたら、出所は山本弘さんの「SF秘密基地」の掲示板なのであった。
 確かに、私は時折あそこに書き込みをしているし、この日記のURLも公開しているから、そこから辿ってここを覗くことは可能である。実際に、これまでにもちょこちょこと、一週間か一月に一人くらい、山本さんのところからここにいらっしゃる通りすがりさんもいたことはいたのだ(なんだか寂れた博物館みたいだな)。
 まあ、どんな興味でここを覗いたか、ということの見当はつく。
 BBSの方で、この二ヶ月ほど、あそこで暴れまくっているトンデモさんや、トンデモさんに振り回されてる定連さんたちを見て、からかったりバカにしたり、といった発言を繰り返していたから、そのあたりが口コミ(ネットの場合はなんて言うんだ? ネットコミか?)ででも広がったのではないか。
 しかし、たとえそうだとしても、いきなり10件以上もアクセスが増える、というのはちょっと不自然である。
 だもんで、BBSに「山本さんとこからのアクセスが増えちゃったけど、どうしたのかな」と書きこんだのが、一昨昨日、2月11日の夜のこと。

 反応はすぐにあって、翌12日の夕方に、宇津見さんから「定連さんの集まっている掲示板(山本さんとこにあらず)で、ルールを軽視した書き込みを続けている人たちがいたから、それを注意するのに貴方(私のことね)の文章を引用しました」との謝罪の書きこみがあった。
 こうやって日記もBBSも世間に公開しているのだから、当然、引用は自由である。いちいち承諾の必要もないし、宇津見さんが謝罪されることはないのだが、まだ腑に落ちないのは、宇津見さんが「URLは書いてません」と書かれていたことである。となれば、やはりその書きこみからここに辿りつくことはできないはずである。何かもう少し「事情」がありそうだなあ、と思って、その当該の掲示板を覗いてみたい、と思ったのだが、如何せん、宇津見さんはその掲示板の名前を書かれていない(^_^;)。

 もともと私は、自分の書いたものが自分の知らないどこかで話題にされることについては、無頓着なほうである。今回も「どっかで話題にされてた」ことが分った時点で、アクセス数が増えた原因は判明したのだから、私の気持ちとしてはそのままほったらかしてもよかった。しかし、宇津見さんの書きこみを見る限り、その「話題」とやらは今後もなにやら紛糾を呼びそうな気配である。
 アクセス数が増えるだけならばともかく、私の書いている内容に対して、批判のメールやら掲示板への書きこみやらがあった場合に、事情を知っていると知らないとでは、対応の仕方が変わってくる。
 いきなり「フザケたこと書いてんじゃねえ!」と怒鳴られても、「なんですかあ?」としか言えない。人によっては、私が事情を知っているのに「しらばっくれている」ととらえる可能性もある。状況を確認しておくに越したことはないのである。
 かといって、宇津見さんに直接、メールで当該の掲示板の場所を質したりするのも、「そこに乱入するつもりなのか」と思われそうで聞きにくい。さて、どうしたものか、と思案しているうちに、ハッと思い出したことがあった。

(ここより回想シーン(^^))
 もともと私が山本弘さんの掲示板ウォッチングを始めたのは、ある人がご自身のサイトで同様のことをされていて、しかもその内容がすばらしくおもしろかったからである。
 お固いマジメ人間には、「ギャグ」がなぜ存在するのか、その意義についてもまるで理解不能だろうが、人間の歴史には「揶揄の文化」「からかいの文化」というのは、モノゴトの価値を相対化する方法として普遍的に存在するのである。というか、そういう感覚を持ってない人間って、社会の害毒でしかないのよ。私も非才ながらその方の顰に倣うマネをしてみた、という経緯があるのである。
 その方が語られていた文章中に、世の中には「山本弘問題連絡会」と称するサイトがある、という情報があった。
 「山本弘問題連絡会」。
 なんて楽しくステキで、心地よく秘密めいたタイトルであろうか。♪ヽ(^。^)ノ☆
 これを察するに、「山本弘氏について問題を挙げてそれを連絡し合おう」なんて生易しいものではないのである。まず、この世には「山本弘問題」というものが存在していて、それについて連絡し合っているのである。存在そのものが問題。山本さんがそれを聞いたら激怒されるかもしれないが、ここまで言われりゃこれはかえって名誉のようなものである。
 昨今の作家で、「問題」とまで指摘されそうな人間がどれだけいるだろうか。「田中康夫問題」とか言おうと思えば言えそうだけれど、あの人、既に作家じゃなくなってるし。「柳美里問題」とか「中島梓問題」とか、話題にできそうなのは女性ばかりである。そう考えると山本さんは孤軍奮闘状態だ。すごいぞ山本先生!
 さて、その「山本弘問題連絡会」、ざっと見ただけでも7、80くらいの項目がズラリと並んでいる。サイトのいくつかを覗いて、2、3個目で、山本さんとこの定連さんたちが群れて好き勝手なことを喋っているのを見つけた。
 正直な話、「ここまでバカ?」と思ったので、その感想をウチの掲示板に書きこんだのが1月27日のこと。
(回想終わり。この時点では、この人たちが更に屋上屋を重ねるがごとき恥さらしをやってくれるとは思ってもみなかった。全く、世の中は広いね)。

 ああそうか、あそこの連中のことだな、と気がついて、そこを覗いてみる。
 ビンゴである。(V^-°)!
 宇津見さんの「引用」は、まさにその1月27日に私が書いたものであった。

> 「もちろん『レス奉行』もサルなんだが、もともと山本さんのルール提示があったにもかかわらず、その意味をまるで理解できずに(あるいは故意に無視して)つまんないスレッド立てまくった連中が、よくもまあ、これだけ自分のバカを棚に上げて言いたい放題が言えるものだと感心する」

 引用部分はこれだけだが、ここで私が指している定連さんの「バカ」というのがどんなものなのか説明しておくと、それまでの掲示板の内容を、黒子さん白子さんふうに、私はこうまとめておいたのだ。

>「最近の山本さんとこの掲示板って、雰囲気悪くありません?」
>「そうよねそうよね、私だけがそう感じてたんじゃないのね、安心したわあ」
>「だいたい『レス奉行』が多すぎるのよね」
>「そうそう、何かって言うと『ルール違反してるんじゃないの?』ってうるさくってさあ」
>「ルールを錦の御旗にして、自分の気にくわない意見を封殺しようとしてるのよ」
>「やだわあ、おかげで私も書きこみにくくなっちゃって」
>「そりゃ、言ってることは間違ってないかもしれないけれど、頭ごなしにバカにしたモノイイされたら、こっちだってムカッとしちゃうわよ」
>「『少しは捻ったスレッド立てろよ』って言うんだったら、アンタがまずお手本見せてごらんなさいよってね」
>「だいたいたまにしか書きこまないくせに生意気なのよ」
>「そうよそうよ!」

 もとになった定連さんの会話は男性どうしのもので、表現自体はもっとマトモなのだが、内容のウスさを分りやすくするためにこんな表現にしたのである。別に女性の会話がウスいと言いたいわけではないのでそこんとこ誤解なきよう、女性のかた(^^*)。この会話のどのへんが「バカか」ということの解説も省略する。
 宇津見さんは仰ったとおり、ここのURLを貼りつけなどしてはいなかった。私のこの文を読んでいたと思しい、別の定連さんが、「その言葉はここから引用したのだろう」とこの掲示板のURLを貼りつけていたのである。
 ……え? ということは、ここから飛んできた人もいるはずじゃん? と思って、もう一度アクセス解析を見たら、前に見た時にはなかった、そこの掲示板のURLから飛んできた人が確かにいた。
 どうもさっきは見落としていたらしい(^_^;)。
 山本さんところから直接飛んできた人たちは、「独自で」私んところに目星をつけてやってきたんだろうなあ。発言の一つや二つ確認するためだけに、大層な努力をするものである。

 ともかく、「事情」は分ったので、さて、ここの定連さんたちが私のところに文句をつけてきたときにどう対処するか、ということを思案する。
 定連さんたちのことをバカだサルだと貶しまくっちゃいるが、それは「マジメなカタブツ」で、「考え方が幼稚」ってだけだから、何か言ってくるなら恐らく態度自体はマトモなものであろう。
 そういう人を相手に、いくらなんでも、「小学校から出なおしな」とは言えない(昔はオトナはみんなこう言って子供を叱ってたものだったがなあ。言われたことがない人間はただバカにされたとしか思えないんだろうな。そういうところが、イマドキの若い者の「幼稚」なところなのである)。

 そんなことを考えながら、続く書きこみを読んでいくと、どうも様子が違っている。
 攻撃されているのは宇津見さんばかりで、私のことには殆ど触れられていない。そりゃあ、そこの掲示板に乱入しているのが、宇津見さんだから、当たり前と言えば当たり前なのだが、「学習能力の無い自意識過剰のおバカなおサルさん」などというコトバ自体は私のものだ。宇津見さんは私のコトバに「そうですなあ」と賛同は示されていても、ここまでのモノイイはしていない。
 それがほとんど、宇津見さん自身の言葉のように解釈されている。上記の私の書きこみすら、宇津見さん本人の意見と全く同一のように語る人もいる。「賛同」さえすれば意見が完全一致、と解釈するというのは、普通、滅多にせんことだと思うが。人間一人一人は全部違うんだよっての、難しすぎてよくわかんないかな? それとも最近はそういう「常識」、誰からもおせーてもらえないの?
 宇津見さんが私の言葉を引用したのは、「ヨソではアナタたちに愛想を尽かしてる人には、こんなヒドイことを書かれてるんですよ、腹が立ちませんか? そこまで言われてしまう意味を考えてみましょうよ」ということなのであって、そこで私と宇津見さんの態度には、明確な差異が既に生じている。
 「私は」、定連さんたちに愛想をつかしているが、「宇津見さんは」「この時点ではまだ」「愛想をつかしてはいない」のである。この二者を比較した場合、腹を立てるべきがどっちかは分りそうなものだが。通じねえ奴には通じねえやな。
 宇津見さんは、定連さんたちを批判した時点ではまだ「言葉が通じる」と思ったからこそ、書きこみをされたのだろう。あそこに集っている人たちの中でも、そのことが「理解」できる人は、「言葉に拘らずに、宇津見さんの言ってることにも耳を傾けよう」とか、「ダブルスタンダードを使っているのはここの定連さんの方ではないのか」と指摘するが、逆ギレしている頭脳の不自由な方々は、無視である。 
 こういう状況を見ていると、宇津見さんを宇津見さんだから批判しようとしているように思えてならない。実際、彼らの書きこみ、殆どマトモな批判の体をなしていないのである。
 もういい加減、こういう人たちに「情け」をかけることは、宇津見さんにとっても疲れるばかりだと思い、「ほっときましょうよ」と返事を書きこんだ。もっともその時点で宇津見さんもついに愛想をつかせてしまっていたが。
 ここまでが2月12日の出来事。

 しかし、事態はまだまだ収まらない。
 翌13日以降も、宇津見さんをターゲットにした暴言の嵐は、当該掲示板に定連さんたちによって次々と書かれていく。しかもその中身はどんどん感情的かつ抽象化していくばかりだ。

 宇津見さんのモノイイについて、

>「掲示板の基本的なルール『他人を不快にさせるような発言は控える』というルールはどうでもいいのでしょうか?」

 などと言っている批判も、一見正論のようでいて、その実はただの難癖である。これは「不快にさせる」意図で文を書くなってことであって、受け取った方が勝手に「不快になる」のとは全然意味が違う。
 宇津見さんが明らかに「不快にさせることを意図していた」と断定できる根拠がどこにあるか。所詮、これはこの人の主観を一歩も出ていない。仮に宇津見さんにそういう意図があったとしても、そのことを指摘すれば、今、論じようとしている内容から話は関係ない方向へ逸れてしまう。基本的に会話に不自由な人なのだ。
 はっきり言って、宇津見さんの書きこみ程度で不快になるのは神経が病んでいる証拠である。

 一番逆ギレして、支離滅裂な戯言を書きなぐっている人は(上記で私がまとめた会話のヌシでもある)、

>「『相手がルール違反だからと言ってわざわざ「それはルール違反です」と注意をするの「も」立派なルール違反だ!』です。」

 と主張する。心の不自由な人を相手にすると、必ず返って来るセリフだ。
 小学生がイタズラをして先生に叱られたときに、「なんだよう、先生だって昔はイタズラしてたんだろう、オレを叱る資格なんてないじゃんかよう」と言い返すアレと全く同じヘリクツである。
 それにこの書き方だと、まず自分がルール違反をしていることも認める形になってしまうが。普通、そのことを自覚してれば、大人しくしてるものだけれど、恥という感覚自体、ないようである。
 さすがにこれはヒド過ぎると、ほかの定連さんもガマンならなかったのだろう。

>「ルール違反て注意するのはルール違反て注意するのはルール違反て注意するのはルール違反て注意するのはルール違反て注意するのは…のループは如何なもんかと。これって、結局バカって言った方がバカって言った方がバカって言った方がバカ(以下略」

 と突っ込まれるが、言われたそのヒト、やっぱりその意味を理解できず、同じ主張を繰り返している。
 宇津見さんの悪口を一緒に言っていたもう一方の人は、そのあと謝罪をしているのに、この人はどうもそのことも気に食わなかったようだ。コドモなのか粘着質なのか。どちらにしろ、かなりトンデモさんに近いことは間違いない。

 こういう人がいつまでも吼えていては、宇津見さんも辛いことであろう。
 いい加減で収束をしてもらいたいものだと、ウチの掲示板に「このへんでやめとくのがオトナでしょ?」という書き込みをする。
 ついでに、私自身の言葉使いについても、反省する旨を書く。こういうとき、頼りになるのが唐沢俊一さん御夫妻だ。唐沢さんはこういう方たちのことをしばしば「ピュアな人」と表現し、K子先生は「イノセント」と呼ぶ(ヴィスコンティか)。うまいなー(^^)。私もこれに倣うことにしよう。
 けど、指してる意味内容は同じなんだがなあ。それに「おサルさん」と言われたら「サルじゃないぞ!」と反論ができるけど、「ピュア」なんて言われたら表現上は誉めてるんだから、何も言えなくなると思うが。これだからピュアな人は(^_^;)。
 最後に「こういう場外乱闘が、2ちゃんねらーを喜ばせるばかりで、実りがないと気がつけば、自然にみなさん、落ちつかれていくものと思います」とまとめてシメる。「場外乱闘」と優しい言い方をしたが、要するに犬のケンカだ。自分たちが「見世物」になっていることに気がつけば、プライドだけは高い人たちだから、少しは大人しくするかな、と考えたのである。
 まあ、ウチの掲示板を続けて覗いて、ピュアな心にも少しは染みがあれば(^o^)、鼻水垂らしてダダこねてるだけの自分たちのガキな姿に気がつくだろう。
 ここまでが2月13日の出来事。

 規定枚数を越えたので、続きは次回。

2002年02月16日(土) 伏字伏字伏字伏字〜、伏字大行進、ヤァ!/映画『A*P*E』/『Heaven?』3巻(佐々木倫子)
2001年02月16日(金) なりたくて病気になってるわけじゃないやい/舞台『トランス'98』ほか



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