無責任賛歌
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| 2003年02月06日(木) |
新聞がみんな同じに見えるのは気のせいですか(~_~;)/DVD『明智小五郎対怪人二十面相』/『D坂の殺人事件』(江戸川乱歩) |
スペースシャトル・コロンビア号の空中分解事故(「爆発事故」ってずっと書いてたけど、こういう言い方のほうが一般化してきたみたいね)に関連するニュースがいくつか。
一つは出るんじゃないかな、と思ってたらその通りに出てきた「犯人探し」。 NASAの元保安担当技師ドン・ネルソン氏(なんか怪しい名前だな)が、昨年8月の段階で、コロンビア号の事故の可能性を指摘した手紙をブッシュ大統領に「直訴」していたにも関わらず、その手紙は科学担当のマーバーガー大統領補佐官が読んだだけで、大統領の手には渡されなかった、というもの。 記事のタイトルは、「事故の可能性指摘の手紙、黙殺されていた」といかにも煽情的。「この時、マーバーガー補佐官がきちんと対応していれば、事故は防げたのでは……」と読者に思わせようって魂胆なんだろうが、記事をよく読むと、「マーバーガー補佐官は安全面についてNASAと協議した後、ネルソン氏に『シャトルの安全強化策を取った。大統領が飛行の一時停止するのは適当ではない』と返事を送った」ということである。 黙殺してねーじゃん(-_-;)。 NASAの安全管理体制を批判することはまだできるとしても(それとても予想の範囲外だったと擁護する向きもあろう)、政府の対応を批判することは難しいんじゃないか。大統領の強権発動をしょっちゅうやられちゃったら困るよってことは、ブッシュ本人見てりゃわかることじゃん。アレに「俺が正義」って意識を持たせ過ぎるのは危険だって、マーさんも思ってたんじゃないか(^o^)。となるともしかしてこの人、すげえ実務屋さんかもよ。 ともかく原因究明中の段階で「こうしてれば事故は防げた」報道ってやたら出てくるけどさ、これって「あの戦争も、あの時こうしていれば」ってのと同じで、本当に判断ミスだって言えるものって少ないんだよ。偶然と不可効力の集積までも特定の人物に責任を押しつけたがる心理って、基本的には自己責任の回避と転嫁の意識が働いちゃってる結果だって解釈されるものなんだけどさ、どうして自分に責任が及ぶはずもないシャトル事故についてまで「責任は俺たち民衆にはないぞ、政府が悪いんだ」って方向に行くかね。 実はね、マスコミも民衆も、ハッキリと自覚こそしてないけれど、今回の事故について「責任」を感じてるんだよね。 だってみんな、今までずっとなーんも考えずにシャトルの打ち上げ喜んで見てたでしょ? チャレンジャー号の事故が起こったって、あのあとNASAがどう安全対策を取ったかなんてこと、興味も持たなかったでしょ? マスコミも全然報道してこなかったじゃん? 日本のH2ロケットが打ち上げ失敗するたびに「予算がもったいない」とか「識者」は煽ってたし、それ聞いてたアナタも「そのカネ、オレにくれよう」とか思ってたでしょ? その「予算縮小」の結果が今回の事故の可能性もあるんだよ? どう? 自覚はしてなかったかもしれないけれど、なんとなく罪悪感は感じてたんじゃない? つまり、電車の中でヤクザに絡まれてる女子高生を見て見ぬフリしたあとの後ろめたさと似たような罪悪感を、無意識のうちに感じちゃってるから、マスコミも民衆もみんな「犯人探し」をしちゃうのである。 これまでずっと無関心をきめこんでたんだったら、今更大慌てで「原因の究明」を、だなんて正義派を気取ってんじゃないよ。こういうときに「何か語らなきゃ」なんて考えちゃうのがそもそも偽善だというのだ。
あともう一つ、これもあるんじゃないかと思った「自粛」現象。 パラマウントが公開予定の『ザ・コア』の予告編に、スペースシャトルが制御不能に陥るシーンが含まれているということで、全館から引き上げたとか。本編からそのシーンをカットするかどうかは検討中、ということだけれど、まだまだ「ほとぼりが冷める」には間がないからDVD特典になるのを待つことになるんじゃないかな(^^)。 以前はこういうくだらん自粛シンドロームにも腹立ててたけど、まあモノによってはこうしてカットされたものが必ずしも完全に幻になっちゃうとは限らない、とわかってきたからね。どうせ一年も経てば世間はこの事故のことも忘れちゃうから(否定はできんだろう)、今だけの自粛、自粛。 でももしも完全カットで日の目を見ない、ということになっちゃったらやっぱり腹が立つから書いとくけど、そういう「現実と虚構」の混同を日頃は戒めてたのがマスコミじゃなかったのかね。映画会社も自分たちの作ってる「虚構」に自信を持ってるなら、安易に自粛なんてするなよ、みっともない。 日本刀を振りまわす殺人犯が現われたら、時代劇を全部自粛するか?
日本映画製作者連盟(映連)が、昨年(2002年)の興収10億円以上の映画を発表している。日本映画の方だけ紹介しとくと、
1位 『猫の恩返し』『ギブリーズ episode�供� 64.6億円 東宝 2位 『名探偵コナン ベイカー街の亡霊』 34.0億円 東宝 3位 『ゴジラ・モスラ・キングギドラ 大怪獣総攻撃』『劇場版とっとこハム太郎 ハムハムランド大冒険』 27.1億円 東宝 4位 『劇場版ポケットモンスター 水の都の守護神 ラティアスとラティオス』『ピカピカ星空キャンプ』 26.7億円 東宝 5位 『ドラえもん のび太とロボット王国』『ぼくの生まれた日』『ザ・ドラえもんズ ゴール!ゴール!ゴール!!』23.1億円 東宝 6位 『千年の恋 ひかる源氏物語』 20.8億円 東映 7位 『2002年春東映アニメフェア ONE PIECE 珍獣島のチョッパー王国』『デジモンテイマーズ 爆走デジモン特急』『ワンピース 夢のサッカー王』 20.0億円 東映 8位 『模倣犯』 16.1億円 東宝 9位 『犬夜叉 時代を越える想い』 15.4億円 東宝 10位 『ナースのお仕事 ザ・ムービー』 14.4億円 東宝 11位 『仮面ライダー龍騎 EPISODE FINAL』『忍風戦隊ハリケンジャー シュシュッと THE MOVIE』 14.3億円 東映 12位 『ピンポン』 14.0億円 アスミックエース 13位 『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶアッパレ!戦国大合戦』 13.0億円 東宝 14位 『リターナー』 12.9億円 東宝 14位 『トリック 劇場版』 12.9億円 東宝 16位 『たそがれ清兵衛』 12.0億円 松竹 17位 『突入せよ!「あさま山荘」事件』 10.0億円 東映
「10億売れたらヒット」ってコトバはよく聞くけど、あれって興行収入じゃなくて配給収入のことだから、実質的に映画だけでペイしてるって言えるのは7位あたりまでだろうね。あとの映画はビデオだのテレビ放映権の収入だの、二次収入でなんとか資金回収ってとこだろう。 それにしても強いね、アニメと東宝(^o^)。10位までに実写が三本しか入ってない(『ハムゴジ』は当然『ハム』に比重があるから)。こういうのを見てすぐに「映画が子供のものになってしまった」ってワケシリ顔で嘆く映画評論家がいるけど、大人も見てるんだよ、アニメ(--#)。 もっとも、大きいお友達がハマッてしまう『クレしん』なんかは13位だから、これをして「アニメブーム」と呼ぶのは妥当ではない。親子連れを期待しない社会現象としてのアニメブームは、やはり『エヴァ』が最後なんである。「アニメは子供のもの」と思われないためにも、せめて10年ごとにそういうブームが起きてほしいもんなんだけれど、劇場アニメでそれを起こすのは至難のワザなんである。庵野秀明が『エヴァ』をテレビシリーズとして送り出すことに固執してた意味を考えてみようよ。宮崎駿や大友克洋、押井守の新作も、劇場アニメである限り、ヒットはしてもブームは起こせないよ(ヒットも危ういと思うが)。 じゃあ期待できるテレビアニメがこれから出てくるかってことについて言うと、私が一番注目してるのは、果たして4月からの『鉄腕アトム』がその起爆剤となり得るかどうかってことなんで(^o^)。 いや、冗談ではなくて、これヒットさせないと、手塚プロ、もうあとがないでしょ。死に物狂いで力入れるんじゃないかって思うわけよ。あそこ、手塚治虫の遺産は、もうほとんど食いつぶしちゃってるんだから。
さてさて、これはビックリというか、全然意外じゃないというか(どっちなんだよ)、中島らもが逮捕されちゃいました。 大麻所持ということなんだけれど、過ぎった思いは「なんで国内で吸うかなあ」ということだけ。今度の件については、「大麻を吸うことがいいことか悪いことか」、なんてくだらん談義はしないよ。 柳美里のことに触れたときにも書いたが、作家や芸術家が非常識で反社会的なのは、それが既成概念に凝り固まって硬直しきった社会に対するカウンターカルチャーたりえるからで、その点、中島さんが大麻を吸うことは、日本の法的には犯罪であっても、作家の魂としては正しいのである。「廃人としての作家」の道を選ぶのは本人の自由だし、作家に規範を求めるのがそもそもの間違いだ。 中島さんにとってはタイホもまた「経験」である。こうなったら、絶対に反省や謝罪などせず、できるだけ重い刑を受けてもらいたい。作家として復帰するのに時間はかかるだろうが、法を遵守して道学者めいた駄文を書き連ねて細々と生きてくよりは、「犯罪犯して何が悪い」と開き直って人間として壊れていってくれたほうが、らもさんらしいし、そうでなきゃ面白くない。 どっちかというと、かつての僚友、わかぎえふが「最近はほとんど会っていないので、経緯は分かりませんが、今後は十分に反省し、社会的にも大人として作家として、しっかりと謝罪をしてほしいと思います」と保身に回ったコメントしたことのほうがガッカリだね。「あれはやめられないよ、病気だし」くらいのことは言って欲しかったな。世間の批判を気にするくらいなら芝居やるなよ。 寺山修司は唐十郎に黒い花輪贈ったとき、「シャレだ」で済ましたぞ。怒った唐に乱入されたけど(^o^)。ノゾキをしたときも「芸術だ」と言い張ってたな。それでこそ演劇人。 ただ気になるのは、中島さんだって自分が「作家」であるためには、国内で大麻吸っちゃマズイってことはわかってたはずだし、実際に「日本では吸わない」と発言もしてたようである。だったら、何で海外に行かなかったのか。 もしかしてドビンボで行けなかったのか。まさかタイホされればタダでメシが食えるし、アルコール依存症も治療できるから一石二鳥とか考えてワザと吸ったのか。これって、結構可能性高いと思うんだけど、どうでしょう。
今日はなんだか書くことが多いな、もうそろそろ簡単に行こう(^_^;)。 朝方、夕べの残り雪で、道が凍結している。 しげが山を越えて行けるかどうか心配してたので、早目に家を出る。 「あの、雪道用のタイヤとかないの?」 「そんなカネない」 あっても買わんだろう、おまいは。その日の食を優先する人間が、年に1回使うか使わないか分らないタイヤを買ったりするわけがないのである。幸い、坂道もなんとか登れたんだけれど。 いつもより30分以上早く出たのだから、帰宅したしげの睡眠時間、いつもより余計に取れてるはずである。なのに、夕方、駐車場に車の姿が見えないので連絡を入れたら、やっぱり寝ていた。 「……ごめん、カラダ動かん、一人で帰ってへへへ(←息の漏れる音)」 はいはい、いつものことだ。あとでタクシー代、払えよ。 昼間、6、7時間寝て、朝方3、4時間寝て、どう考えても1日9時間くらいは寝てる計算になるんだが、やっぱり睡眠を二回に分けると熟睡できないものなのかな。でも1回にまとめるとあいつ、15、6時間は軽く連続して寝るからなあ(-_-;)。 一緒に食事はできなくなったので、セブンイレブンに寄って、新発売のスープスパゲティトマト入りを買う。トマトソース、だけじゃなくて、トマトをそのままミックスしてるのが売りなわけだね。これだけでも食ってみるとちょっとゴージャスなもの食った気になるから、見た目の錯覚ってのは恐ろしいものである。 しげが料理を作らないのも、「自分で作ると美味そうに見えないもん」と弁解するのだが、つまりは外食の外見に騙されてるのである。自分に中身がないから安々と他人の手にノっちゃうのだ。だから日頃から「自分のアタマ使え」と言ってるのになあ。
DVD『明智小五郎対怪人二十面相』。 あー、そこのミステリファン、溜め息つくんじゃありません(~_~;)。出来が悪かろうが、乱歩はともかく買うんだよ。 テレビで放送されたときより、画面のセピアな感じが強調されてる気がするのは、DVDの特性のせいかな。 特典として、メイキングが紹介されてるんだけれど、キャストがこぞって田村正和の明智を誉めてるのは原作ファンとしてはガックリである。やっぱりかつての映画やテレビ、映像のイメージの方が強いんだねえ。田村正和、「『怪人二十面相』は読んだかもしれないけど覚えてない」とか言ってたぞ。こんなやつに明智をさせるなよ。 それはビートたけしも同様なんで、「話が来たとき、自分は明智じゃないな、と思った」と言ってるけど、原作の明智は、「好男子ではないが、どことなく愛嬌のある、そしてもっとも天才的な顔を想像するがよい。(中略)指でそのモジャモジャになっている髪の毛を、さらにモジャモジャにするためのように引っ掻き回すのが癖だ。服装などは一向構わぬ方らしく、いつも木綿の着物によれよれの兵児帯を締めている(『D坂の殺人事件』)」「非常に無口なくせに、いつもニヤニヤと微笑を浮かべている、えたいの知れない人物(『何者』)」なのである。 それは初期の明智だ、と指摘する向きもあろう、しかし、後年、小林少年以下、少年探偵団を率いて颯爽としているように「見える」明智に変貌してからも、実はその本質は変わっていない。服は洋装に変わるが、その着こなしは無造作なままだし、モジャモジャ髪もニヤニヤ笑顔も変わっていないのだ。 なにより彼は、怪人二十面相との対決を心から楽しんでいる。彼は推理ゲームが楽しめればそれでいいディレッタントなのであり、世間並の正義感で動く人間ではないのだ。彼は大人にはなれない。彼は社会に認知された犯罪者であり、永遠の子供なのである。 となれば、田村正和とビートたけしのどちらが明智にふさわしいか、自ずと答えが出ようというものだ。……まあ、二十面相ももう一人の明智だから、ビートたけしが演じて構わないんだけど、やっぱり田村正和だけはなんとかして欲しかったなあ。まんま時代劇のキャラのままで演じてるんだから、歴代の明智の中でも最悪の一人だよ、これ。
口直しに原作の『D坂の殺人事件』以下、乱歩の原作を読み返す。 初期短編はまさしくあの松本清張をして「天才」と言わしめた珠玉の名編ぞろいである。幻想文学者としての乱歩を評価する人にとっては、これが乱歩の本質かどうか、異論を唱えたくもなろうが、乱歩は終生乱歩であったことが理知的な小説の中にもちゃんと見て取れる。乱歩作品を、これは本格、これは幻想、これは少年物、これはファルス、とか、単純化されたカテゴリーの中に入れて考えると、大事なもの見落としちゃうよ。 今、一番手に入りやすいのは創元推理文庫版の『乱歩』シリーズだろうが、これは先に『日本探偵小説全集』の『江戸川乱歩集』に含まれた短編は含まれていないので、明智デビュー編の『D坂の殺人事件』と『心理試験』の前後編がバラバラに収録されている。なんでこんな雑な編集したかな、戸川安宣。 これから乱歩の小説に触れようという方は、新潮文庫の『江戸川乱歩傑作選』一冊本が手ごろだろう。興味が湧けば、創元なり春陽文庫なりに移って頂ければいい。残念ながら講談社の江戸川乱歩全集は絶版だし、角川文庫もかつてほどのラインナップではなくなっている。これらで読みたければ、古本屋を博捜して頂くしかない。
ついでと言っちゃなんだが、エドガー・アラン・ポーの『モルグ街の殺人事件』も読み返してみる。 けれど岩波文庫の『黒猫・モルグ街の殺人事件 他五編』の中野好夫の訳、ほとんど英単語を日本語に引き移しただけの素人訳で、文脈というものがなく、日本語として意味の通じるものになっていない。だいたいこの人、解説でも堂々と書いてるけど、ポーが推理小説の鼻祖であることもよく認識出来ていないのだ。名ばかり有名だけど、中野好夫ってただのバカだから信用しちゃいかんよ。 まだ、新潮文庫の佐々木直次郎の方が読みやすい。けれどこういう流布版の本では、できるだけ訳には慎重になってほしいものだね。
体調、夕方くらいからまたまた悪化。薬も尽きた。いったい私はどうなるの。(2003.3.5)
2002年02月06日(水) なんかもー、下血とともに生きる毎日ね/『幻竜苑事件』(太田忠司・大塚あきら)/『よみきり▽もの』1巻(竹本泉)ほか 2001年02月06日(火) 文化はやはり相対的なもの/『NOVEL21 少年の時間』ほか
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藤原敬之(ふじわら・けいし)
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