無責任賛歌
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| 2003年02月01日(土) |
オタクについて考える夜/『コラムは誘う ―エンタテインメント時評 1995〜98―』(小林信彦) |
野田秀樹作・演出の舞台、『RED DEMON』(赤鬼)の英国公演が31日夜から、ロンドンのヤング・ヴィック劇場で始まって、大盛況なんだそうな。 野田さんの舞台は、10年以上前に萩尾望都原作の『半神』をナマで見たのが最初(『夢の遊民社』を解散する4、5年前だったと思う。しげと一緒に見に行ったんだが、そのときにはこいつと結婚することになろうとは夢にも思っちゃいなかった)で、脚本構成、セリフ、舞台美術様々な面にわたって実に見事な演劇的効果をあげていたので感心して、テレビで舞台中継があれば録画し、LDで出ている舞台も全部集めるようにしてたんだが、『野獣降臨』だの『贋作桜の森の満開の下』だの『贋作罪と罰』だの、いろいろ見てくと「なんだ、やってること全部同じじゃん」ということに気がついて飽きてしまった。かと言って、別に嫌いになったわけではない。野田さんの人間性は嫌いだが、できあがった芝居は鴻上尚史よりははるかに上出来だと思っている。 その鴻上尚史に、イギリス公演では野田さんは先を越されてしまった。蜷川幸雄にならともかく、コーカミに先にやられちゃなあ、と野田さんは内心、忸怩たるものがあったのではないか。そういう下世話な興味で、野田さんが今回どんなものを作ったのか、興味が沸いてくる。 『赤鬼』は、もともと日本の浜辺に漂着した外人が「赤鬼」と村人たちに思われてしまう、という設定のものを、今回はイギリス公演用に作り変え、野田が赤鬼、イギリス人俳優7人が村人を演じるという形になったもののようだ。日本人が鬼じゃあ「赤鬼」にはならないんじゃないかと思うが漂流して日焼けでもしたんだろうか(^o^)。 さすがにイギリスとなるとちょいと見に行くということは不可能だが、野田さんのことだし、これはビデオ化してくれるんじゃないかな。そんときゃ、これもチョイと見てみたいものである。
午前中はここんとこ体調が悪いせいもあるのか、ずっと寝たまま起きられない。咳止め薬が切れると、すぐに咳がぶり返す。大人しくしてるのになあ。なんで治ってくれないかなあ。まさかこのままAIQの公演や東京行きのときまで体調不良が続くのだろうか。冗談じゃないけれど、治らないものは治らないのである。注射しても効果がないんじゃ、医者に行くだけムダな気になっちゃうしなあ。
夕方より、天神の赤煉瓦館でAIQ公演前最後の打ち合わせ。昼間ずっと寝ていたので、頭の回転が鈍い。 「えーっと、八時からだっけ?」 「六時からだよ!」 しげに叱られるようになるとは、人間として終わりが近い。 赤煉瓦館に着くなり咳込んでる私を見て、ぴんでんさんが「まだ治ってなかったんですか! 三日も仕事休んだんなら治ってくださいよ!」と仰るが、私もそれは私自身のカラダに言いたいんですよ。(T-T) グスッ。
今日のメンバーは獅子児さん、武内さん、ぴんでんさん、私としげ、いつもは仕事で閉会ギリギリに来るのだけれど、意外に早く来られた代表のエロの冒険者さん。 しおやさんとアンジェリーナさんは都合で欠席であったが、多少の変更はあるものの、もうほとんど討議事項は終わっているので、あとで連絡の確認だけしておけば、そう問題はなさそうな感じである。 もっとも、もしかしたらここにいたかもしれないM君が、とある事情で今回よりAIQを脱会している。私ゃ面識が一回しかなく、しかも全く会話をしたことがないので、その「事情」についてはなんともコメントのしようがないのだが、ものごと全てがうまく運ぶわけではないという自戒のための一例としたいものだ。 話し合いは、主にしげの作った進行表と、ぴんでんさんの機材配置の確認を行っておしまい。私は警備の担当だが、これもロビーをゆったりと使えるので、去年よりもだいぶ楽になりそうである。 チケットの売り上げも大評判、福家書店さんは大喜びだそうで、このままだとご祝儀が出て、我々スタッフは3年は左団扇で暮らせそうな勢いだ(^o^)。 随分いい雰囲気だけれど、好事魔多し、本番までは油断は禁物で、気を引き締めて行きたいものである。私の体力はなくなってきてるけど。へろへろへろ〜 (;@_@)ノ。
打ち合わせのあと、当日の宴会場の下見に、親富幸通り(今やこんな字を当ててるのである。阿呆な話だ)まで繰り出す。 とある店で肉だの何だのを注文しまくるが、いつものごとくオタクばなしに花が咲くので、味の方はとんとわからぬまま(^_^;)。
武内さん、ようやく『ゴジラ×メカゴジラ』を御覧になったそうで、面白かったとのこと。前々からこの映画に入れこんでたぴんでんさんが喜ぶまいことか(^_^;)。 以前から「釈由美子命!」をぴんでんさんが表明していることを知っていながら、私もしげも散々アレを貶しまくってたので(最低な夫婦である)、ぴんでんさんも内心「こんちくしょう」と思っておられたのだろう、賛同者が得られて有頂天になられたようで、酒飲みながらトバすトバす。 「やっぱり人が貶すものの中からいいものを見つけ出してこそのオタクですよ!」 けど、やっぱつまんねえよな、「釈ゴジ」。〜(*▽*〜)(〜*▽*)〜。 いや、私だって『ゴジラ』シリーズはB級SFのレベルで評価すべきもので、あまりハイレベルなものを求めたってしょうがないとは思ってるんである。それに、もともと完璧な映画なんてあるはずもないし、そんな幻想を求めているわけではないのだ。 でも、それにしたって、今回のやつはこれまでにも増して雑な出来だとしか言いようがない。欠点に眼をつぶっていったら、「釈由美子がちょっとカッコイイ」しか残らないものなあ。 それに釈を使うんならもっとエロいシチュエーションを作らんでどうする! 例えば憎しみのあまりギルスが釈を押し倒そうとするが、そのとき釈のムナモトが乱れてチラッと乳輪の端が見えるとか、どうしてそんな映像を撮らんのだ!(撮らんて) まあねー、それは既に「ゴジラ映画」ではなくなってるという意見もあろうが、昔は『地球防衛軍』じゃ白川由美だったか誰だったかがちゃんと風呂場に入ってるシーンとかあったんだしねえ。もうちょっと子供に対してもオトナへの淡い性の目覚めを感じさせる映像を提供してあげといてもいいんじゃないの? って思うのよ。 私も『エスパイ』で由美かおるのオッパイプルルンにドキドキしたの、小学生のときだったし。 まあストイックな釈のほうが「萌える!」って人も、このニッポンに三人くらいいたって別に構いはしないんだが、そもそも「釈がいいよ」って言ってる時点で既に「怪獣映画」を評価してることになってないんじゃないか。 それとももしかして釈由美子って実は怪獣なのか(^o^)。
みなさん段々酔っ払ってきて、口がどんどん軽くなってくる。 エロの冒険者さんの、「『笑う犬』なんか喜んで見てるやつの気がしれない」の発言にはムネをグサリと突き刺される。 すみません、喜んで見てます。m(__;)m。 でも、スケッチとしてはつまんないことはわかって見てるんですよ、ウッチャンナンチャンもネプチューンも芸人としては下の下だと思ってるし。 でも、溺れる者は藁をも掴むというか、周りにブ○しかいなかったら、少しマシなブ○でも美しく見えるってことあるじゃないですか(なんちゅータトエじゃ)。 いやまあ、それがベ○○ーだと言うつもりはないんですが。
エロさん、新しくスピーカーを買うので、今まで使っていた中古のスピーカーを買わないか、とみなさんに持ちかける。 私もノドから手が出るほど欲しいし、独身ならもう絶対に即決で借金してでも買ってるのだが、しげに「どう?」と聞いたら「どこに置くの?」と一言のもとにバッサリ切られてしまった(T∇T) 。 みなさんの反応はどうだったかというと、「別にスピーカーなんてなくていいし」「テレビに付いてるステレオだけで充分」「そもそも音響なんて気にしてない」と酔ってるとは言え、言いたい放題である。 気の置けない仲間どうしだから、という気楽さがあるので、もう発言はエスカレートするばかり。「だいたいエロさんのホームページの日記の音響についてのウンチクだって読んでないし」「B級SF映画のレビューだって飛ばしてるし」とかいうのはもう話の脈絡がどこかに飛んじまってて、ほとんど暴言である。 ついにエロさん、怒髪天を突く勢いで卓袱台をひっくり返し、隠し持っていたサブマシンガンVz61通称スコーピオンをぶっぱなしてあたりを血の海にした上で、居酒屋のねーちゃんを全員人質にして立てこもって、「日本政府に『オタク保護法』の成立を約束させるまで戦うんだ!」と絶叫し、国内外のオタクへ向けて階級闘争を訴えた檄文を飛ばして華々しく切腹して果ててしまった。 というわけで、今、たからビルで働いておられるにこやかなエロさんはゴーストです(^o^)。
けれど、やはり思うのはオタクの浸透と拡散、ということである。 私は映画が「音と映像の芸術」であるというのは常識だと思っているし、古い映画がDVDでリニューアルされるときのウリとして、映像ばかりでなく音声にも力を入れているのは当然のことだと思っていた。 もちろん、私がそういう「常識」を得るに至ったのは、そういった「映画はこう見ろ」ということを教えてくれた人が、周りにいくらでもいたからである。 例えば、私と同世代でオタクの世界に少しでも触れている人間ならば、故・長岡鉄男氏のオーディオに関するウンチクに接したことのない者はいないはずである。私は、このトシになっても、とても音響に関する知識を披露できるほどの才覚とてないのだが、それでも音響についてテキトーな発言はできんなあ、程度のことは氏のコラムを通して学んでいた。 考えてみれば、AIQのスタッフも私より世代がひと世代、下なのである(オタクの世代は数歳違えばもう話が通じなくなることがしばしばだ)。5歳も違えば、長岡氏のコラムに触れたことがない人がほとんどだろう(亡くなったのはほんの三年前なのだが、その勢力的な活動は80年代末まででほぼ終わっている)。こういうオタク的知識はほとんど「独学」でしか培われないので、よいお手本がなければ理解のしようもない。 だが、そう同情的に考えても、やはり胸の中を寒い風が吹き過ぎて行くのを感じないではいられない。なにか、感覚的にどうにもならないケツラクを若い世代の人々に感じないではいられないのだ。
最近、この「感覚の溝」を埋めるというのは並大抵のことではないなあ、という気がしてきて暗澹たる気分になることがある。私は自分のことを根本的には虚無的だと思っていたが、こと「オタク」に関しては「理想主義者」だったのかもしれない。たとえお互いに知ってる分野、知らない分野で個人差があっても、オタクの輪は繋いでいけるんじゃないかとコドモみたいな夢を見ていたのだ。 そのこと自体、そもそもの間違いだと言われればそれまでかもしれない。けれど、私は自分の知らない話でも、そこに何がしかの「真実」があって、脈絡さえ繋がっていれば聞いていて楽しいのだ。みんなもそうだろう、と思っていたのが私の錯覚だったのである。 ……なんだか川原泉みたいだが、やっぱり「夢だっていいじゃない」という気分はこれだけ薄汚れた私の心の中にもどこかに残っていたのだろう。 まだまだ甘いんだなあ(~_~;)。
会話の流れの中で、私の視力のことが話題に上った。 武内さんが、「身障者手続きを取ったらどうですか?」というのである。 私の裸眼視力は0.01を切っている。矯正視力でも0.3だ。それ以上にはもう上がらない。これは充分、身障者の対象になるというのだ。 そういうことを一度も考えたことのない私は、一瞬、虚を突かれた。 「バスや電車の料金がタダになりますよ」と武内さんは仰る。確かにそれは便利は便利だなあとは思う。けれど、そもそもそういうサービスを受けるのが当然、という発想が私にはなかったのだ。 うーん、ほかの眼の見えない人にそういう利益が保障されることは当たり前だと思うけれど、自分に対してはあまりそういうことを考えてないっていうか、「権利意識」でそういうの考えたことなかったんだよなあ。 私は自分の思考判断の基準には職人気質のようなものがあると思っているが、これは往々にして世間との人間関係を無視とまでは言わないまでも軽視する傾向を生み出してしまう。軽いニヒリズムのようなもので、「人は人、世間は世間、自分は自分」と考え、他人の基準を自分の基準に持ちこまないのである。 だから改めて「身障者手続きを取ったら」と言われると、「何のために?」と自問自答してしまうのだ。 はっきり言って、私は自分の眼が見えなくなるのも運命だと思っている。 そりゃ、本が読めなくなったり映画が見られなくなるのは寂しいが、そんなことはどんな人間にだっていつかは起こることで、執着したって仕方がない。もちろん完全に眼が見えなくなれば歩くにしろ誰かに手を引いてもらわねばならなくなるし、身障者認定をしてもらわねばならなくなるとは思うが、それも自分から率先して申請、という気にはならないのである。 うーん、どうしようかなあ、どうせもう1年以上眼科に行くのをサボってるので、そのうち行かにゃならんのだが、そのとき聞いてみるべえか。
ふと眼鏡を取ると、武内さんが「眼鏡取ったほうがいい顔ですよ、奥さん、この素顔に惚れたんでしょう?」と突っ込む。 途端にしげ、「いえ全然」と否定。……少しは迷えよ(-_-;)。
帰宅して爆睡。 と言いたいところだが、自分の咳で目覚めてしまうので充分睡眠が取れないのがイタイ。
小林信彦『コラムは誘う ―エンタテインメント時評 1995〜98―』(新潮文庫・580円)。 表題にある通り、95年から98年にかけてのエッセイ、ということになると、もう5年以上昔のことになる。 そういう「古い」話題にもかかわらず、今でも小林さんのエッセイが「読める」のは、時評というものが正しくその時代の「空気」を浮かびあがらせているからにほかならない。 オビにあることだが、「渥美清が逝った、やすしが逝った」。そればかりではない。フランキー堺も萬屋錦之介も三船敏郎も黒澤明もこの間に死んでいるのである。昭和の終わりが松下幸之助と美空ひばりと手塚治虫の死に象徴されるとすれば、20世紀の終わりを彼らの死に感じると言ったら大袈裟だろうか。 もちろん、そう感じるためには渥美清以下、彼らが「どういう人であったか」に気づいていなければならないのだが、それには遅くとも1960年代前半までに生まれていなければ「間に合わない」。いや、私の年代ですら「遅い」のである。彼らの代表作の全ては、私が生まれる以前にほとんど「終わって」いた。私が着実に間に合っているのは、『てなもんや三度笠』以降に頭角を表していった横山やすしただ一人である。 こう言えば、「渥美清は? 『男はつらいよ』はあなたが生まれたあとの作品でしょう」と言われるかも知れないが、小林さんもこのエッセイで書いていることだが、「渥美清=寅さん」ではない。世評が渥美清の代表作を『男はつらいよ』シリーズに求めることは仕方がないが、少なくともその演技の、芸の代表作とするのであれば、「それは違う」と断言できる。 渥美清は「寅さん」になることで、「渥美清」として評価されることがなくなってしまった。それを証明しているのが、「寅さん一周忌」という表現であり、「国民栄誉賞」なのである。 渥美清が役者としてずっと空虚な人気を得ていたように、この間に亡くなった人々も、ほとんどこの20年ほどは空虚な存在に置かれていた。若い人には、小林信彦の喪失感・憤慨が理解出来まい。小林さんも若い世代に限定された紙数で語りかけるのは諦めて、その「憤慨」のみを書き連ねる。説明がないのは不親切極まりないのだが、懇切丁寧に過去の歴史を語ったところで、若い人は「へええ」で終わりである。ある意味、小林さんのように若い読者を初めからコバカにしたような態度を取ることも一つの「方法」ではなかろうか。 何の「方法」かは私ももう説明しませんが(^o^)。
このころの小林さんは、まだ三谷幸喜を評価していたようだ。ただ、多分に「奥歯にモノの挟まった」誉め方なのは、「貴重な才能」「才人」という表現を使っていることでもわかる。 あの、これもいろいろ本読んでればわかるけど、「才人」ってさ、「才能があるのはわかるけど、欠点も多いし、私はあまり好きじゃない。一応、この人がいてくれてるおかげで、周りを刺激して活性化はするから、貶しはしないけど、実のところ、この程度の才能がこの人の限界だと思うよ」って思ったときに使う言葉なのよ。こんな微妙な説明は辞書には載ってやしないんで、納得いかないかもしれないけれど、そういう人はもっと本を読んでください。今にわかります。 「『アパッチ砦の攻防』はきわめて今日的・日本的で、なんだか切ない。しかし、なるべく乾いたファースとして見せたいのが三谷幸喜の希望だろう」。 つまりファース(笑劇)になり切れてないってことである。 「『笑いの大学』を越える芝居はそうは書けないと思う」 三谷幸喜の旬はここまでだ、ということである。まさしく、三谷幸喜はこのあとどんどん坂道を転げ落ちて行った。 小林さんに誉められる、ということは同時に「見限られる瞬間も見通される」ということだから、あんまり喜ばないほうがいいってことなんだな。多分、爆笑問題も今や見限られてることと思うが。(2003.2.24)
2002年02月01日(金) 餃子、餃子、餃子〜、餃子を食べぇよおー♪/『真・無責任艦長タイラー�ァ”�活編』(吉岡平)/『東西奇ッ怪紳士録』(水木しげる)ほか 2001年02月01日(木) だ〜れだ?/舞台『菜の花の沖』
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藤原敬之(ふじわら・けいし)
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