- 2009年02月03日(火) 贋作:牡丹灯篭 さてそれで、ちんとかんだ鼻紙をひょいとそのあたりに放り出し、飯島が察るところでは、この孝蔵という若党、下人にしては端正な、色白のごく生真面目そうな顔つきをしている。それが何をどこまでしてよいやらと、気ばかりあせって赤くなったり青くなったり、目も手も落ち着かず、きょろきょろ、きょろきょろしているのだから面白い。 「これ」 「へえ」 「手前、奉公は初めてか」 「へい、今までほうぼう奉公もしました。まずはじめは四谷の金物屋へ参りましたが一年ほどおりまして駆け出しました。それから新橋の鍛冶屋へ参り、三月ほど過ぎてまた駆け出し、また仲通りの絵草紙屋へ参りましたが十日で駆け出しました」 「なんじゃ、そう飽きっぽくてはしょうがないのう」 「いえいえ、私が飽きっぽいのではございませんが、どうぞして武家奉公がいたしたいと思い、その訳を叔父に頼みましても、叔父は武家奉公は面倒だから町家へ行けと申しましてあちらこちら奉公へやりますから、私も面当てに駆け出してやりました」 そのいかにも若者らしい、剥きになったとでもいうような言い様に、飯島は笑って、またもちんと鼻をかんだ。 「ちかごろのちり紙はこわくていかんな。赤剥けになる」 「へえ」 「で、そなたはどういうわけで窮屈な武家奉公がしたいのじゃ」 「お剣術を覚えたいので。へい」 「へえ」 「番町の栗橋様かご当家は、新陰流の御名人と承りましたゆえ、どうぞしてご両家のうちへご奉公にあがりたいと思いましていたところ、ようようの思いでご当家様へお召抱えに相成り、念が届いてありがとうございます。どうぞ殿様のお暇の節には少々ずつにてもお稽古が願われようかと存じまして参りました」 それだけ一気に言い切って、さすがに息が切れたのか黙った顔を、今度はよっく見渡して、飯島はふい、と笑った。なるほど新陰流の名人というは、いまさら遠慮をする気もないほど本当である。若い草履取りの本気もそうであろう。 -
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