終わらざる日々...太郎飴

 

 

- 2008年03月28日(金)

たぶん、不謹慎なのだが

わたしの犬が死んだということを、私はまだ信じていない。
これはどういうことなのだろう?

ふつう信じられているようには、悲しみは癒されることはない。
悲しみは、ただそれを生きることができるだけなのだ。
痛みはただ痛みとしていつまでも、いつまでも心に残る。
それは膝の古傷と同じだ。治ったとみえて本当になくなることはない。
そしていつか年老いたり病んだりして体が弱ったときには、
それは足を引きずらせ、そのうち歩くことをさえできなくさせる。

悲しみは、本当には消えることはない。
悲しみは、ただそれを生きることができるだけだ。
だから、ただ生きていけばいい。ただ日々を生きていけばいい。
這うようにでも構わない、悲鳴を上げながらでも、生きていけばいい。
いつかそれは命取りになるかもしれないが、それは今ではないから。

こんなのは、たぶん、慰めにもならないでしょうが。
あなたのために祈っています。神にとも仏にともなく。


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