終わらざる日々...太郎飴

 

 

- 2008年01月11日(金)

 病める王はその困難な死の床にあって、はっきりとそのことを知っていた。彼はほんの幼いころからそのような状況になるであろうことをはっきりと予感していたのだし、事態はまさにそのように動いてきたから、少しも慌てはしなかった。臣民が次々と死んでゆき、城や砦がことごとく落とされようとしているにも関らず、ほとんど悲しみも苦しみもしなかったと言ってもよかった。かれはそうしたものを、それが実際に来るより遥か以前に味わいつくしており、それが来てみたところで、もう何も残っていなかったのだ。
 だからといって、王ヴォードワンが何一つしなかったわけではない。その逆であった。病はすでに王から視力を奪い、かれは自ら立ち上がることはおろか排便の始末さえもうできなかったが、パンを飲み下す力さえなくなってからでさえ、王はただひとつ残された明晰な頭脳でもって病床から救い得る限りのものを救い続けた。その努力はむしろ涙ぐましいほどだった。
 折しも盛夏、生きながら腐りつつある王の体には蛆が湧き、その臭気から人々をさえぎるためにおろした重い天幕の中では無数の蠅が唸っていた。
「わたしは蠅の王だ」
 と、ヴォードワンは自嘲してみせた。
「帝国とその娘はわたしから王国を奪い、王冠を奪うかもしれぬ。だがあの鋭利な刃にも関らず、この蠅たちばかりはわたしに忠実であろうよ」
 すでに、救えるものはあまりにわずかだった。最も成功したものでさえ、それは整然とした撤退以上のものではなく、しかも再起の望みはない。そして遠からぬ王の死とともに残ったすべてが瓦解することは目に見えていた。
「お兄さま、ああどうか、ひどくはとらずに聞いて下され。どんなにか神のみもとが恋しくていらっしゃるか、わたくしにはわかりまする」
 王妹バルキスは天幕の端にすがりついて言った。
「どうか、いましばらく行かずにいてくだされ。残されるものの運命をいとしう思うてくだされ。あなたさまが身罷られれば、おお、わたくしどもはどうなることでしょう」
「妹よ」
 ヴォードワンは辛抱強く答えた。
「留まろう。今日はとどまれるであろう、わたしは夕暮れのときまで生きているであろう。おそらく明日も死なずにすむやもしれぬ。この力の限り、わたしはここにとどまり、愛するそなたらのために力を尽くそう」
 そして苦痛のあまり短い間をおいて続けた。
「だがいつまでだ? 永遠には生きられぬ。百年はおろか、十年、一年、あるいはひと月すらこの腐った体を引きずって生きられるかどうかわからぬ。事態が変わるまで…変わることがあるとすればだが…何年かかるかしらぬがそれまでは到底もたぬ。おお、この身を苛む業苦よりも、そのことがわたしを苦しめる。わたしはいつまで生きればよい」
 バルキスは泣き伏し、ヴォードワンの生涯のうち残された一日がまたしても終わった。その一日のうちにも帝国の軍勢は恐るべき王女ジンニーアの指揮のもとに一歩また一歩と着実に前進しているのだった。


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