終わらざる日々...太郎飴

 

 

- 2007年12月06日(木)

「黒水城」

 敗北は間近に迫っていた。水が断たれたのだ。最後に希望をかけていた井戸もまた、わずかな水を染みださせたのみ。打つべき手はもうなかった。
 幼い娘を膝の上に眠らせながら、敗北を城主は思う。敗北、殺戮と凌辱と殺戮と略奪。かれらは徹底的だ。その手は奪うにおいて飽くことを知らぬ。与えることにおいても、と言ってもよい。金銀も宝玉も兵団も、かれらは確かに物惜しみしなかった。
 そして敗北だ! 城主は苦々しく歯がみする。敗北、敗北と死! 避けられなかった。避けられないことはわかっていた。
 城主は膝の上の娘を見た。痩せて、老婆のような顔をしている。その手は鳥の足のようだ。城主を深い憐憫がとらえた。なんという悲しみだろう。なんという哀れさだろう。眠ってばかりいる。あんなに活発だった子が。あんなにふくふくと太った赤子だった子が。せめてその手足が冷えぬよう、腕の中に深く抱きながら、城主の顎髭を涙が伝った。
 餓えと乾きはもう来ていた。もう何週間か居座っていた。だが次には敗北、敗北が来る。城主は真赤に血走った目であたりを見回し、すべての希望がそこで死んだ井戸の上に視線を止めた。骨と皮ばかりに痩せ衰えたものたちが、それでも憑かれたように掘り続けていたというのに、もう誰もいない。城主は立ち上がり、赤子を抱えたまま井戸の方へ歩いていった。
 歩くにも容易でなかった。空腹にめくらみながらその黒々とした穴のふちに立ち、城主はふいに、おさえがたい激情につっぱねられるようにして叫んだ。獣のような叫びは、どこにこれほどの力が残っていたのかというほど長く、太く、壊れた素焼きのようにがらがらとあたりに響いた。それから城主は両手に娘を高々と差し上げて、次の瞬間、井戸の底へと投げ落とした。かれは決めたのだった。すべての価値あるものをこの井戸に投げ込んでやろうと。金も銀も宝石も絵も書も。ささやかながらかれらの勝利の価値を減じるために。
 投げ落とされた幼子は、ひとつの声も上げはしなかった。それよりまえ、父の腕の中で死んでいたのかもしれなかった。


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