- 2007年10月24日(水) 眠るときはいつも、明日目覚めなければいいと思う。 火星の旅はもう長いあいだ続いていた。わたしはメリディアニ平原のキリンたちに別れを告げ、コロンビア・ヒルズの向こう、アリアン峡谷に向かった。ここの地形は険しく、足元には風化したもろい、尖った岩の歯がのこぎりのように突き立っている。私の靴はすぐにボロボロになった。 この谷にはキリンたちはいない。かれらが住むには餌がないのだ。メリディアニに黒い霧を運び、かれらの粗末な饗宴に供する熱風はこの谷には吹かない。ここには冷涼たる寒気が真昼であってもそこここの岩間に潜んでいて、ああした人の世界の副産物をよせつけないのだ。 そういえば、わたしは奇妙に思ってキリンたちに尋ねたがことがある。なぜあんな粘っこい、タールのような霧を食べるのかと。かれらは例のあの眼差しでもって応えた。 ここにいるのはわたしたちだけ、そしてあの霧は、わたしたちが食べなければどこまでも、どこまでも吹かれていくよりほかないのです。あれはあなたがたの星から漂ってきたもっとも恐ろしい夢、もっとも悲しくやりきれぬ叫びのこごったもの。宇宙の果てまでも漂わせるには忍びない。 私はそのとき、初めて、われらはこんなにも遠く、こんなにも遥か、われらのうちのほとんどのものはその存在さえ知らないだろう生き物たちから、こんなにも深く、こんなにも無償の憐れみをかけられていたのだと知った。そしてそれはわたしをほとんど呆然とさせるほどに強く胸を打った。 -
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