- 2007年10月06日(土) 夜が更けてゆく。言葉をつなぎ、触れ、笑いかわして夜がふけてゆく。行灯の明かりは次第に細り、それでもぐずぐずしていた西園寺に、とうとう祐介が言った。 「そろそろ奥にお入りにならねェと、店のものが妙に思いやしょう」 その膝に頭をのせたまま、西園寺はふい、とよそを向いた。 「旦那…?」 西園寺は頬に触れてきた手に手を重ね、引き寄せてその指先にそっと歯を立てる。それで抱いた不安は伝わったとみえ、言葉はもう継がれなかった。 あの一年前の夜の物慣れぬ躯は、いまはもうどこにもない。激しい愛撫に絶えかねるようにただ熱いとささやき続けたあの躯は。いま抱けば、いま祐介を抱くことは、この一年のあいだにかれの被った変化、かれの躯に仕込まれた幾人とも知れぬ相手の痕跡にまともに向き合うことにほかならなかった。そのとき己は嫉妬に狂うのではないか、そうして仮にも、もう十二分に虐げられ、傷つき苦しんできたひとをこのうえさらに苦しめるのではないか。西園寺の不安とはそのようなものであった。不安は深く、西園寺はわずかに震えていた。それは祐介にも感じられただろう。そっと、耳元に温かい息が寄せられた。 「旦那ァ…どうか」 かすかな声だった。重ねた手がきゅ、と握りしめてくる。震えていたのは己ひとりでなかったと西園寺は唐突に気づいた。 「アタシにお情け、かけてくだせェ…」 心臓を締め上げられたような気がした。はっと見上げた視線の先で、寂し微笑がわずかに瞬き、失礼しやす、と声が落ちてすっと身が引かれた。あわてて半身を起こしたその先で、祐介はツと行灯の明かりを吹き消した。 「…祐介」 「灯りはつけねェでくだせェ」 ふいを打つように落ちた暗がりの向こうから声があった。それに続いて襖が開き、また閉じるシュというおと。西園寺はドッドッと心臓が早鐘を打つのを鮮明に耳元に聞いていた。 -
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