- 2007年10月03日(水) 三味線が鳴っている。いまにも落ちそうな涙を思わせる激情をはらんで。その音色をはじき出すおのが心に祐介はある種の驚きを感じてさえいた。聞き慣れた声が聞き慣れぬふうに荒げられるのを聞きつけ、痛むからだを引きずって出た廊下で西園寺に抱きしめられた瞬間の、あれはなんというのだろう。むしろ悲しみに近いほどの喜び。言い表しえぬ苦しささえ感じる喜び。殴られるより嘲られるよりひどく骨身に染みた。 「手がお留守だぜ、祐介」 はたと祐介は我にかえり、顔を上げた。脇息を枕に、手を伸ばせば触れられるところにごろりと横になった西園寺がこちらを見上げている。 「旦那があんまり見るからで」 「見ちゃ悪いかよ」 「へェ、悪かァございやせんが」 「じゃァほっときやがれ」 軽口を叩きながら、それでも思い出したように手を伸ばしてくる仕草は、祐介の胸を痛ませた。その手がそっと手指にあるいは膝に触れて、ほんとうにいるのか、おまえそこにいるのかと言葉よりも直裁に問うていく、そのつどにさらに鋭く。 ビョン、と最後の音を鳴らして、祐介は三味線を傍らに置いた。 「なんだ、もう終わりか」 「旦那、聞いてやしねェじゃありゃせんか」 「聞いてねェよ。俺ァおめェの顔見ンのに忙しかったんだ。この目ン玉ァな…」 西園寺のからだがごろりと寝返りを打って、膝の上に頭がのせられた。こちらを見上げた顔は、以前より幾分か精悍さを増している。 「もう一年もおめェを見てなかったんだ。この目ン玉ァなぁ、草木がおてんとさまを見たがるみてェにおめェを見たかったんだ、わかったか」 つきりと心臓が痛んだようだった。祐介はそっと、震える指で、浅黒く日焼けした頬や、こちらを見据えて揺るぎもしない目元に触れた。泣けるものなら泣いていた。祐介は力なく笑う。 「旦那ァ、アタシが心臓もちませんぜ…」 泣くにはあまりにも、この痛みは深すぎる。この傷は深すぎる。再び失えば死ぬだろう。一年前、すっかり失ったと思ったときから、つい先夜まで、まぎれもなく死のほうへと歩んでいたように。 「もってくンなきゃ困る」 頬に触れる手がある。そっと撫でてくる手がある。行灯はゆらゆらと揺れて、次第に深まる宵は窓の外でもう夜となっている。 -
|
|