終わらざる日々...太郎飴

 

 

- 2007年10月01日(月)

 ひどい痛みで目を覚ました。のろのろと起きあがれば、いつの間に戻されたのかあてがわれた大部屋の隅の布団の上だ。見れば、浴衣を着せられ、胴回りにさらしが巻かれている。真鍮の煙管で何度も打たれた背の傷の手当てされたとみえた。見れば足蹴にされた腹や腕は無事なところが少ないほどの青あざだらけ、無傷なのは三味線弾きの手指だけとみえた。
「起きなすったか、兄さん」
「…達吉かい」
「喉が渇きなすったでしょう、白湯を持ってきんした」
 ツっと開いた障子の向こうから、水揚げ前の少年が盆を下げて姿を見せた。京生まれのせいかなんとはなしに漂うあか抜けた雰囲気と涼しげな容姿で、将来は店の稼ぎ頭として店主からも下にも置かぬ扱いを受けているが、祐介には三味線を教わっているせいか、なにくれとなく世話を焼いた。祐介は湯飲みを受け取り、乾いてねばつく喉に人肌ほどの白湯を流し込んで、は、と一息ついた。
「すまねェなァ、おめさんの三味線、今日はみてやれそうもねェ」
「なんの、こんな目におあいなされてそんなこと」
「あァ…」
 播磨屋の隠居の好々爺然とした顔が、とりつかれたように歪み、目ばかりぎらつかせていたのがふと脳裏によぎり、祐介はぶるりと身を震わせた。『こんなとこにあざァこしらえて、夕べの男かァ』『また間男したんだな?』痛みでわけもわからないようになった耳元で執拗に言いつのる様子は正気とも思われなかった。そのうえ、普段はどうあっても役に立たなかった老いた男根を隆々を立てて何度となく挑みかかられ、深夜にもならぬうちに記憶は怪しくなったのだ。祐介は瞬きして嫌なものを追い払い、達吉に尋ねた。
「ときにいま、何時だい?」
「へえ、もうすぐ八つで」
「もうそんなになるかィ、まァ、今夜は俺はお座敷はつとまらねェから…」
「あ」
 達吉が思わずといったように声を漏らし、きゅっと唇を噛んでうつむいた。
「どうしたィ?」
「大将が…」
「うン?」
「昨日の晩、お侍が兄さんご指名になったから…座敷に出んしゃれて」
「お侍…」
 祐介は眉を寄せた。それがだれかはわかっていた。この一年、ただ一人会いたいと願い、会える身ではないと思い、探してくれているだろうかと願い、とっくに忘れて妻女を持っているだろうと思い、そして一昨日、思わぬ再会をした。あるいは夢でなかったかと危ぶみさえしたが。
「兄さん?」
「あァ…ご指名ってンなら、顔だけでも出さなきゃならねェな。風呂を使うのに、ちょっと肩ァ貸してくんな」
「あい」
 痛みをこらえ、少年の細い肩にすがって立ちながら、ふ、と祐介は笑った。
「兄さん?」
「なァ、達吉。花魁は金子で買える恋を売る。金子次第で熱くもなりゃァ、醒めもする。陰間も遊女も夜鷹も芸妓や幇間だってまァ、金子次第でこがれもするし、心も体も売るもんだ。花街にも真心ってなァあるもんかねェ?」
「ありんすよ、兄さん」
「おめェは賢ェなァ」
 祐介は少し笑って、足を引きずりながら歩き出した。


-



 

 

 

 

ndex
past  next

Mail
エンピツ