- 2007年09月30日(日) 白檀のかおりの香をたき、西園寺は手をあわせた。ややあって仏壇から向き直ると、柳屋の女将が袂で目元を拭っていた。 「おありがとうごぜェます、旦那。梓もあの世で喜ンでるでしょう」 「あァ、気の毒したな」 「おかげさまで、なんとか気を落とさずにやっておりやす」 「あァ…」 ふと話題が途切れた。これまで入ったことのなかった裏手の部屋の一角はシンとして小暗く、表の喧噪は聞こえてこなかった。西園寺は所在なく、かといって話の口火も切りかねて、もう一度仏壇を振り返った。まだ新しい位牌には、仰々しい戒名が書きつけられている。 「親不孝な娘でありやした」 向き直ると、女将も戒名にジッと視線を向けていた。その顔つきには、なんとはなしぞっとしないものがあった。 「女将、仏サマを悪く言っちゃァ…」 「言わして下せェ、旦那。血迷っててめェで首くくるなんざ、手塩にかけたこの親の立つ瀬がござンせんよ」 言ううちに激してきたのか、女将はツッと立ち上がってはったと仏壇をにらみ据えた。 「ヤイこの不孝者、てめェなんざ地獄へなりどこへなり勝手に行っちめェ。てめェなんざ、てめェなんざァもう親でも娘でもねェわい…」 「女将、これ、女将」 いまにも仏壇に打ち懸かろうとするように拳を振り上げるのに、西園寺も慌てて立ち上がってその手首を掴んだ。 「こん親不孝モンはァ…」 「いけねェよ、女将。気持ちァわかるが、しっかりしねェか。梓だって、おっかさんすまなかった、血迷ってすまなかったって頭下げて詫びてェだろうさ。それもできねェんだ、仏を責めてやるんじゃァねェ」 女将は膝折れてわっと泣き崩れた。騒ぎを聞きつけたのか、廊下のほうから幾つか足音が駆けてくるのが聞こえた。ほとほとと襖が叩かれるのに顔を上げかけ、不意に袖を引かれた。 「旦那、あたしァ…」 「女将?」 「あたしゃァ…祐介にすまねェ、すまねェことしたんですよ」 はっと西園寺は息を呑んだ。 「そりゃ女将…」 またほとほとと襖が叩かれた。顔を上げた女将は息もないように青ざめ、涙で化粧をだんだらにして、西園寺の袖を握りしめた。 「梓が首ィくくっちまって、あたしゃァどうかしてたんです。旦那、義理も人情もねェことしちまった。あの子が祐介に袖にされたンだろうって思いこんで、頭に血が上って、その晩のうちに…」 すっと血の気が引いた。女将を支えていた手から力が抜けた。続く言葉はひどく遠くから現実感をなくして響いてきた。 「陰間屋に、たたき売っちまったんですよゥ…」 -
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