終わらざる日々...太郎飴

 

 

- 2007年04月24日(火)

Love of my life:

 人はなんと多くのものに飢えるのだろう。
 食物に飢え水に飢え、光に飢え眠りに飢える。
 切実に友に飢え家族に飢え、なによりも愛に飢える。
 それはまさに本質としての飢えだ。

 にもかかわらず、ある一人の人間が
 それらの何一つとして手に入れられずに終わることもある。
 それは悲惨なこと、まさに悲惨なことだ。

 人間の悲惨はなべて人間が抱きうるものの大きさに伴って巨大になる。
 にも関わらず人間そのものは大きくなることも小さくなることもない。
 人間は人間に止まる。良かれ悪しかれそうあらざるをえない。

 これはいったい、恩寵か呪詛か。
 恩寵もしくは呪詛であるなら、その主はそも誰か、また何か。
 あるいはそんなものもないのか。だがそれならあらゆる倫理は幻想だ。
 そしておそらくはそうなのだろう。まああれだ。それがどうした、さ。

 本当のことをいうと、飢えも悲惨もたいしたことではない。
 愛しようが憎もうが、愛されようが憎まれようがたいしたことではない。
 たいしたことは一つだけだ。私が/きみが何ができるか。
 何をしたか。何をするか。


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