- 2006年09月28日(木) 死に至る愛だ、これは。 ときどきそういうものがある。それとも多くのものがそうであって、私がたまたまそのうちのいくつかしか知らないだけなのか。愛は、すくなくともある種の愛は、それを抱いたものを幸福にもしないし、あるときなどは命を奪いさえする。だが死という結末が見えていても、まさに見えていてさえ、かれらはそれを捨てようとはしないのだ。 こうした愛は、呪詛に似ている。死に至る愛、と私はいう。 天は長く地は久しきも、時あってか尽きん この恨みは綿々として、尽くることなからん (天と地は幾久しく続くと申しますが、それでもいつかは終わります。 ですがこの恋の悲しみは、いついつまでも尽きることはないでしょう) 確信。永遠を確信しうるのは愛の特権だが、むろんけっしてそれは永遠になりえない。だが確信、これは愛の特権だ。そしてまた、愛は、それぞれのありかたのうちに永遠ではあるのだ。たとえば忘却、別離、殺害による死。 性愛が次代を予感させるものだとしたら、その影には、個体の死がすでに約束されることになる。では愛とは死、愛とは終わり、愛とは静止につづく永遠だ。そこになんら矛盾なく、愛は人を殺すものである。 同時に、愛はたしかに永遠である。それは生み出された次代によるのではなく、ただその情念の不換性においてそうなのである。一つの愛はいったいどういった形でもほかのものには置き換えることができない。それは音色、それはひとつの現象である。それはただ一度ならされたということによってすでに永遠なのである。永遠に真実なのである。 -
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