終わらざる日々...太郎飴

 

 

- 2006年09月29日(金)

Komm, du suse Todesstunde,
da mein Geist
Honig speist        
aus des Lowen Munde;    

Mache meinen Abschied suse,
saume nicht,
letztes Licht,        
das ich meinen Heiland kusse.


 来たれ 汝、甘き死の時よ
 死の時 我が霊は
 蜜を味わうのだ、
 その死なる獅子の口から

 わたしの別れを甘美なものにしてください
 引き留めないでください、最期の光よ
 わたしが救い主と口づけするのを


 こうした祈りの歌を、なにゆえ生きてあるわれらが聴かねばならないのかと苦渋に似た思いに捕らわれる。バッハはわかっていたはずだ。理不尽は当世のならい、世のならい。だが一方で、報われんとする思い、正義に対する願いもまた世のならい、人のならい。だがここに静かで明るい諦観がある。
 死ばかりが世にゆいつの光であるとするまでにはどれだけの論理の組み立てがあったことだろう。だがしかし、どれほど多くの文化がそうせざるをえずまたそうしてきたことか。このようにいう、とかくこの世は住みにくい。


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