終わらざる日々...太郎飴

 

 

- 2006年09月14日(木)

 そのとき隠されていたことが明らかになって、フィンゴルフィンは自らを疑った。自らの心を疑った。その上に、鉄もて刻んだように明らかに読み取れた言葉がまことにありうべからざることであったゆえに。だがフェアノールは何事もなくかれを見つけて鉄槌を置き、金床を離れ、汗の流れたあとが幾重にも残るすすけた頬を表情もなくぬぐった。
「何用だ」
 その声はかすれている。燃えさかる炉の炎と広い工房のそちこちから響く槌音にややもすれば消えかける。フィンゴルフィンはいまや暗い目の奥底ににがくも認めねばならなかった。かれはこの兄を恋うている。
「今日がいかなる日か、お忘れではありますまい」
 フィンゴルフィンは短く言った。フェアノールはわずかに頭を傾げる。
「合の刻までにはまだ猶予はあると思うていたが」
「すでに銀の時刻は半ばを過ぎました」
「それではお前が正しい。すぐに身支度を調えよう」
 燃える鉄の臭いを薄く引いて兄王子は半血の弟の傍らをよぎって、重たい扉の方へと歩き去った。フィンゴルフィンは後を追おうとして躊躇う。そのうちにも扉は閉じた。ひどく苦い心地がした。
 フェアノールすなわち火精。黒髪と灰色の双眸をそなえたノルドの王子。火と金属の卓越せる工匠。フィンウェ王と最初の妻ミーリエルの子。マハタンの弟子にしてその息女誇り高き赤毛のネアダネルの夫。あらゆる確執を除いても、その弟フィンゴルフィンの恋うてよい相手では断じてない。
 にも関わらずすでに心は恋うている。剛勇のフィンゴルフィン、法の守護者フィンゴルフィン、誇りに満てるフィンゴルフィンの心が! 強い手で心臓を押さえ、そのまなざしを燃えさかる魔法の炉に向けた。溶けた黄金に似た色濃い炎は強く弱く明滅し、広い鍛冶場を不安に照らし出している。
 なにゆえ、とフィンゴルフィンは心に問う。なにゆえおまえは兄を恋う。なにゆえ恋うてはならぬ相手を恋う、と。だが心の応えはかくのごとし。問うなかれ。この思いはゆえなくしてただにすでに深く我がうちに根付けるのみ。
 フィンゴルフィンは思う。なるほど、恋はいかなる徳目の監視も束縛も受けぬ! だがすべての徳目と王家の誇りにかけて、俺はそれをあらわにすることはない。百年、千年、またその倍の倍の歳月であってもそうし通すであろう。またおれにはそれだけの力があるだろう。だがそれが永遠に近くなればどうか! そして不死の種族の思いは、ひとたび生じれば枯れることも褪せることもないものだ、それがいかなる思いであっても。
 このとき初めて、フィンゴルフィンはエルによって与えられた永生のいずこかに死を得るであろうと信じた。それはいまだ若いエルフの公子にとって暗い思いであった。


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