- 2006年07月22日(土) 『幸福であるということと、 幸福になりたいということは、 一如である』 病はククールの上にある。かれは曲がった背と薄い白髪を持つ高齢の老人であって、しかもなお、定められた高位を去ることは許されていない。あがないの年々は永く辛く苦痛に満ちて、だがもう先が見えていた。 兄が世を去ってすでに半世紀を過ぎた。いかなる因縁か、かれはいま、その兄が切望した高位につく巡り合わせにあり、しかもそれを少しでも望んだことなどなかった。ククールは重たく眠い(最近ことに知らぬうちに眠ってしまっていることが増えた)意識のうちに、うつらうつらと考える。 兄は、マルチェロは、何を望んだのだろうかと。そしてまた、いま彼がただ中にあるような事態は兄が望むにふさわしいものだったろうかと。 たとえばククールは各国の王家の使いを引見し、巡礼の子供たちに祝福を与え、幾つかの書状を書く。そのうちの幾つかは丁重な社交辞令に交えて平和や信仰を促すものだ。たとえばククールは老いて曲がった背でもって主日ごとに聖餐を主催し、信仰と寛容を説く。かつては幾度か鋭い怒りを表明したこともあったが、世は変わることがない。深い諦念はかれのうちに根付いてしまったが、それでもかれは倦まずたゆまずそのようにしてきた。 兄はと、ククールはサヴェッラの窓辺を見渡して考えにふける。もっと違うやりかたを望んだだろう。それはあるいは正当化しえぬ手段であったやもしれぬ。だがそのようにせば世がもし変わるものであったならどうだろう。 何が正しく、何がそうでないのかは常に定かでない。おそらくは明らかになることはないのだろう。人はただただ、自らの信念に従ってゆくよりほかないのやもしれぬ。 ククールは黙ってサヴェッラの薄青い空を見る。兄をなくした日には、この空は赤かった。血のように赤かった。ククールは黙ってひじかけいすに沈み込んだ。深い深い、もう血肉の一部となってしまった悲しみに、ひさかたぶりに身をゆだねながら。だがその悲しさの底には、うっすらと、夜明けの兆しのように喜びがあった。ククールは知っていた。かれは夕暮れまで生きることがない。そしてその先には、なにがあるだろう。 なにもないかもしれぬ。だがもしかなうなら、かれの神が教えるとおりに次の世があるのなら、それなら、そこで兄に相出会うことがかなうかもしれない。それならいかな死も喜ばしいものであった。 ククールは黙って考えた。兄に出会ったら、わたしは自分の生涯を誇ることができるだろう。道を違えたとしても、願ったことはひとつだった。そうはっきりと、あの緑の目を見て言うことができるだろう。ククールは老いた頬にかすかに微笑を浮かべた。 -
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