終わらざる日々...太郎飴

 

 

- 2006年04月24日(月)

絞め殺す木

 藤の美しさをいうひとは、決まってこのことを度外視している。愛しすぎる女のごとく藤は殺す。その抱擁は致命的で、その愛撫は長く苦しい毒だ。もう少しくわしく述べよう。藤は、つる性の植物で、日光に当たれる高さを得て生き延びるためには、支えとなるものが必要だ。天然では多くの場合、支えとなるのは樹木だ。藤はこの樹木をまさに杖とも柱とも頼んで育って、しまいにこの樹木を絞め殺す。だが果たせるかな、そのごとく枯死した樹木が朽ちて倒れれば藤もまた死ぬ。

 藤にもし声があるとせば、何と言うだろう。愛し頼む樹木を、まさにそのゆえに殺すその苦しみを嘆くだろうか? 自ら取り殺した樹木のなきがらをひしと抱いて、もろともに朽ちる運命を呪うだろうか? それとも愛するものの殺害とその向こうにある自らの死を指して、ある完全な愛の成就だとかすかに嘆息するだろうか?

 藤に声はない。藤は自らの不条理をいうことができない。それゆえ我らの推測は推測にとどまる。そしてわれらは見るだけだ。
 咲き誇る藤の、その垂れ下がる無数の花房の妖しいまでの美を。

 むろん、こう考えることもできる。藤は何一つ思うことなく、ただ我らはそのごとく生きそのごとく死ぬ異類の種族に対して自らの情念を観ているのだと。それゆえに清かるべき花は妖しい美を帯びるのであると。


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