終わらざる日々...太郎飴

 

 

- 2006年04月25日(火)

 この扉を開けてください。私はそこに海が見たい。


 ローレンツの言葉は、進化心理学という言葉が登場した今こそ見直されるべきではないのか。動物はいわば感情的人間であるというその言葉は。彼がもう一世紀も前に観察にして発見されたことが、今、理論と統計によって再確認されつつある。この奇妙な齟齬の向こうには何があるのだろうか?

 感情もまた適応の産物なのだ。だからその起源、そのヴァリエーションを多種に求め、異種に訪ねることは無意味ではない。たとえば、我らはなぜ親や兄弟、友人を愛するのか。敵や野獣を憎むのか。そこにはやはり、生存という思考、適応という意志が介在しよう。
 そしてまたそうした方向からの思考こそが、多くのタブーにこれまで覆い隠されて見えなかった人間種族の本質を明らかにすることだろう。例えば子殺しや、子供の残酷さや、国家の起源というものを。そうだ、いつの日か哲学とさえ出会うかもしれない。いつの日にか。遠いだろうが。

 いつか人間がすべてのタブーを振り払って人間種族の真実を見つめたら、そこには何が起きるだろうか。おそらくは何も起きるまい。おそらくは、人間はそうした真実に対して目をそらす自由、ゆがめる自由を主張する。
 それは実際、明らかなことだ。欺瞞もまた適応の一つである。


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