終わらざる日々...太郎飴

 

 

- 2006年04月13日(木)

セイレーン:

 肯ってはならぬ、けっして許してはならぬ。
 そう命じる声は、折に触れてマルチェロの耳に聞こえていた。
 否定と拒絶を告げるそれらは、例えば寄る辺ない孤児として貴族の少年にいわれない侮蔑を受けた修道院の早朝に聞こえ、また若い見習い従者として戦地における功績一切が無視された不当な評定の席に聞こえ、また一人の泣き出しそうな顔をした寂しい小さい子供が中庭にたたずむ姿に人知れず哀れを覚えかけた夕暮れに響いた。その声を聞くつどマルチェロは心を強くし、牙を厳しく鋭く磨いだものだった。
 それは誰の、また何の声であったのだろう。非業のうちに死んだ母親か、それとも無力のうちにただ奪われ、傷つけられるばかりだった幼い自身か。マルチェロは長い間、声の主がそのどちらかだろうと信じていたのだが、今は思う。それは旅人を早瀬へと誘うセイレーン、危険な海魔の声だったのかもしれぬ、と。
 そうだ、マルチェロは考える。考えている。冷ややかな水のごとく明けゆく朝のなかで、寝台の上に身を起こして静かに考えている。窓の外では朝のもやがゆっくりと、ゆっくりと流れていく。黎明は青白く清く平和に満ちている。サヴェッラの空気の薄い高みはこのとき、天上の風景に近いようだ。
 リブルアーチ北東の山地で傷を負い、連れ戻されたのは冬のさなかの頃だった。それから、もう半月が過ぎた。法王ニノや枢機卿議会の意図や動きからは、分厚いビロウドの幔幕めいた沈黙で隔てられて、現実らしいのは治癒の途上にある数多の傷だけだ。傷と、それから。
 マルチェロは左手を見下ろした。その手は別の手に包まれている。寝台の脇の硬い椅子にかけ、つっぷして眠っているのは異腹の弟だ。夜通しそこにそうしていたのだろう。銀色の髪は少しほつれてその頬にかかっていた。
「……」
 マルチェロは右手をのろのろと、重たく持ち上げた。あの声が聞こえるかと思ったが、聞こえはしなかった。ただ、まだ消えない傷の痛みが響くだけのことで、それなら特に言うほどのこともない。
 マルチェロは弟の髪に触れた。触れればそうであろうと思っていた、その通りに暖かくやわらかい銀髪だった。そっと、撫でる。手の下でかすかに身じろぐ気配に少しばかり戸惑いはしたが、すぐにまた静まった。
 あの声、つきまとって離れなかったあの鋭い否定と拒絶はどこへ行ったのだろう? だがどこに行ったにしろ、それはこの寝台で目覚めたときにはもうあったこともなかったようだった。マルチェロは銀の髪を撫でながら考える。あれはセイレーンの声だったのだ。旅人の舟を早瀬に誘い、青黒い深淵に沈める魔の。だがそうわかったとしてもう遅すぎた。そうだ、すべては遅すぎる。過ちは犯され、血は流された。そして起きたことは取り消すことができない。
 だが、こうすることはできるだろう。こればかり、なすことはできるだろう。マルチェロは弟の髪を撫でる。ククールの銀髪を。それはかつてマイエラの石の中庭であの声が押し留めたその行為ではなかったか。
 そうだ、ためらいがちに。ぎこちなく。やさしく。ククールはつっぷしたまま、もう身じろぎもしない。息を潜めるように。それとも泣いているのだろうか。声もなく。



 ものすごい久しぶりのドラクエです。兄貴です。
 みなさまいかがお過ごしでしょうか。死んだと思われていても不思議はない太郎飴ですがところがどっこい生きてたり。

 まあそんなことはどうでもよく、桜が撮りたい。
 週末よこせよガッデム上司。


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