終わらざる日々...太郎飴

 

 

- 2005年12月22日(木)

幾つかの日用品が行方不明になってめっちゃイライラしている。
髪留めと自転車のカギと。コートの右ポケットに入れてたのに…。
以下、かなり毒。しかもチラシの裏っぽい。いつものことだが。


1:
有史以来、人殺しを続けてきたのが人ではないか。
戦争がなければ、人間の歴史はきっと、つまらなかったことだろう。
しかもないほうがいいということはわかりきっている。


 シレノスはミダス王の問いに答えて言った。
「人間にとって、一番いいのは生まれてこないことだった。
 その次に良いのは、今すぐ死ぬことだ」


厭世家というなかれ、あたりまえのことを度外視しないだけだ。
ハッピーエンドとはつまり、幸福な死のことを言ったのだ。
幸福なうちに死ね。幸福のうちに、この世を逃れよ。そういうことだ。


2:
エルダァルの苦悩はさっさと死ねないことにある。
不幸が来て命をひっさらうまで居汚くこの世に住み続けねばならない。
寿命で死ねるというのは、これは実は奇妙に異教的な幸福なのだ。

「生まれてこなければ」というのはよくあるペシミズムではない。
そんなアホな話ではない。問題は人間の業だ。
愛し怒り執着し失うまいとする。これは人間の自然だ。

この自然が人間を不幸にする。人間をして人間の仇敵たらしめる。
だから羊と友情を結んだ狼を思い起こせ、食欲は常に思い起こされ、
狼はついに疲れ果て自分自身に言う「狼なんかに生まれなければよかった」

人間の自然が人間の仇敵だということが明らかなら、言わねばならない。
「生まれてこないことが一番良いことだったのだ」と。
「次に良いのは今すぐ死ぬことだ」と。そういうことだ。


3:
人間は人間らしからぬことを望み、しかもとどのつまりは人間に留まる。
この業を受け入れ、この業の上に生きていくよりほかにない。
業に忠実に生きるか、より道徳律を求めるかは別として。

だが業も道徳律も、人間は望まずにはいられぬものだ。
この相克のあいだにどれだけの文学があり音楽が絵画があることか。
多くの比喩がこの微細で巨大な対立と相克と融合を求めて見出さなかった。

多くの歴史がこのはざまにある。
しかも人はいまだに犬のように死ぬ。犬のように。
また犬のような死を儀式は神か天使に高める。かくて人は神のごとく死ぬ。

しかも死は死に過ぎない! 生が生に過ぎないように。
蟻塚の中の蟻の生とどこが違うというのだ。
しかも違うと私は言いたい。


4:
一万人ばかり人口が減ったくらいでなんて騒ぎだ。
これが中世で、天然痘で一千万人も死んだらなんと言うだろう!
きっと世界が滅んだような言い草をするに違いない。

富が失われるだと? 社会がなりたたないだと?
どんなに喪われたって、シェラレオネほど悪くはならない。
腹を決めろ。原爆も地震も我々を根絶しはしなかった。

飢餓や戦禍について話はしても、それがあたりまえだと言いはしても、
子や親が殺されれば身震いするのが人ってやつだ。
しかも私だって身震いするのだ!


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