終わらざる日々...太郎飴

 

 

- 2005年11月13日(日)

「諦めることを学べ。
 神にも歴史にも取り落とされるもののあることを学べ。
 救われも満たされもせず闇に閉ざされたまま消え行く魂もあると知れ。
 そして願わくは、いつの日にか忘却のあらんことを」

「どういう意味だ、ああ、それはどういう意味だ。
 俺たちはここに並んでいたというのに、
 あんたはそんなことを考えていたというのか。
 そんなこと、そんな孤独なことを。救いもないことを。
 俺があんたのことを考えていた日々に、
 あんたはそんなことを考えていたというのか」

「私のしたのは取り返しのつかぬことだ。
 殺人の罪はいかにして清められるというのだ?
 喪われたものを取り返す術はなく、帰らざるものを呼び返す術もない。
 あったはずの日々を、あったはずの全てを奪ったのは私だ。
 これは因果、これは応報。他の手立てはない。
 私の血によって漱ぐより他に」

「俺があんたのことを考え、あんたの幸福のことを考え、
 あんたの贖罪のことを考えていたあいだ、
 あんたは暗がりに歩き出すことを考えていたんだな。
 俺があんたの手を温め、あんたの傍らに座っていたあいだ、
 あんたは俺のことなど考えもしなかったんだな。
 取り戻せないことを、喪われて帰らないもののことを、
 とうに死んで土となった者のことを考えていたんだな」

「私の腕をきつく掴むおまえの手を振り払いはせぬ。
 こうしておまえの頬を流れる涙を軽んじはせぬ。
 おまえは私に命を与え、心を与え、人間の日々の温もりを与えた。
 私はおまえを愛する。だからこそ行かせてはくれぬか。
 おまえが愛した誇り高い兄でいさせてはくれぬか。
 この血の咎を支払わねば私は腐る。私は死ぬ、肉体ではなく魂こそが。
 さあ、行かせてくれ、私の心がくじけ、
 私の手に染み付いた血が私を卑怯者と呼びたてることがないよう」

「いけない、ああ、いけない。行くな。死ぬな。
 行くなと言ったはずだ。あんたを死なせないと言ったはずだ。
 どうか、頼む、行くな。俺の魂をこそあんたは殺そうとしている。
 あんたの罪と一緒に。行けばあんたは俺を殺すんだ。
 だから、行くな。あんたの手に血が染み付いていたってかまいやしない。 償えばいいじゃないか。償えない罪なんてないはずだ。
 あんたはまだここに生きているんだ。どうか、頼む。
 神にかけて、あんなにも優しく、
 あんなにも神を信じていたオディロ院長にかけて、頼む」

「おまえは私の心を揺さぶる。
 おまえへの愛ゆえに私がためらっていることを知れ。
 鋼よりも厳しい私の心が。だが神の名を出してはならぬ、
 いわんやオディロ様のやさしいお名前を。
 私はその方々には値しない。この手の血は私を呼ぶのだ。
 私は取り返しのつかぬことをしたのではないか?
 この手が奪った命はもはや地上に呼び返しえないのではないか?
 では私もせめて死なねばならない。
 命を奪ったものが生きながらえてよいわけもない。
 それより以上の償いをすることができればよかったが!」

「生き延びろ。生き延びろ。あんたは悔い改めた。
 あんたは神のもとに帰ってきた。
 あんたは神があんたをはねつけると思うのか?
 今さら死ねば、それは神に背くことだ。
 考えてみろ、神の慈悲をオディロ院長はどう語った?
 覚えているだろう、『御自らをもって世のひとびと一人びとりを
 お救いになった。罪を犯す心が目覚めれば思い起こすがよい、
 あの方の舐められたすべての苦痛、すべての悲しみを思い起こすがよい。
 そしてあの方にふさわしいものとなることを誓いなさい。
 あの方は慈父のごとくおまえを迎えてくださる。
 おまえのために流された血の傷口を思いなさい。
 おまえはその血によっていつでも神のもとに帰る道を与えられたのだ』。
 忘れたのか兄貴、俺は忘れはしない。俺はいつでも信じていた」

「語るな、弟よ。この思い定めた心を揺るがしてくれるな。
 そんなにも悲しい口調でかき口説くように語らないでくれ。
 私は神の前に罪人とされるべきもの、
 犯した罪の報いに永遠の彼方まで劫罰を受けるべきものだ。
 救いなど求められる筋合いのものではない。
 私の手を見ろ、この血に濡れた手を見ろ。
 誰がこの手を清められるというのだ? 起きたことは起きたのだ」

「だがまだ幕は下りていない。
 あんたが罪を償い、あんたの罪が許されるまでは何も終わらない。
 終わらせやしないぜ、俺が。そうだ、俺がだ。
 あんたが本当は救いを求めていることくらいは知っている」

「救いはない。私は私に救われることなど許しはしない。
 この罪人、心卑しく手を血で汚した男、
 私利私欲のみに憑かれた男を私は許しはしない」

「もう一度言うぞ、救済も劫罰も神に返せ。
 兄貴、さあ、あんたがそんなにも苦しんでいることは知っている。
 だから言うんだ、苦しめよ。うんと苦しんだらいい。
 だが死ぬな。あんたは神のもとに戻ってきた。
 あんたの心の痛みは神の恩寵ではないのか、
 かつての罪に気づかせたもうたことこそ
 神があんたを受け入れてくださった証拠ではないのか。
 あんたは耐えろ。あんたの苦しみに倒れるな。
 あんたは苦しみながら歩いてみせろ、
 それこそ神の歩かれた道を追うことだ。
 あんたの十字架はすでに神ご自身が運んでくだされたものだ。
 さあ、歩け。生きろ。死ぬな。耐えろ。
 償えぬなどと言う前に償い始めろ。
 俺はどこまでもあんたと一緒に行くぞ。諦めなど学ぶものか」

「それでは決まった。私はなによりも神に感謝の祈りを祈るぞ。
 この穢れた身をお迎えくださったことにでもなく、
 その深い慈悲をもって、私の罪に気づかせてくださったことでもない。
 私はおまえのゆえにこそ神に感謝を捧げるのだ。
 そうだ、おまえ、私の弟。おまえこそ私の碇、私の礎。
 罪を犯せば引き戻し、心弱くなれば奮い立たせる。
 おまえのような弟をお与えくださったことにこそ、
 私は神に最初の感謝の祈りを捧げよう。さあ、おまえの手を貸してくれ」





ラ、ラブラブ…ゲフゥ。
しかしまだまだ解決方法は定かでないのであった…。
音楽や推理のパズルと一緒で、解ける瞬間というのは美しいものだ。


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