終わらざる日々...太郎飴

 

 

- 2005年11月12日(土)

金曜の夜から土曜の朝にかけて祭り茶にお邪魔した。
文字の人ばっかり、しかも各参加者さんのネット上にアップされた作品には
兄弟への深い愛情や鋭い洞察や知識の厚みを感じる人ばっかりという、
極めておいしい状況で、「三行突発短編」まで楽しませていただき、
これはもう、なんともいえない。ログ取っとけばよかった…!!

で、太郎飴は足りない頭で考えさせられた。

「わがとこ」の兄貴の幸福とはなんだろう。
曰く苦悩に満てる、曰く真摯な…幸福とは縁遠いのは承知の助。
兄貴については、当初バッドエンディングばかり書き散らしていたことから
わかるように、幸福やハッピーエンドはおよそ、あ り え な い!
とか思っていた。今でも思っている。

というのは、兄貴は人殺しである。
これはおよそ、忘却もできなければ逃げることもできない、
神と人との、両方に対するとりかえしのつかない罪である。
私はおよそ、この罪を償いうる手段を知らない。

マクベスを思い出す。リチャード3世を。
権力欲にまみれて血を流せば、手は汚れるのだ。
そしてその汚れは、血を流した当人を、とりかえしもつかない形で変える。
私が仮定している程度にマルチェロが真面目な人間であれば、
そうしたことは起きるし、起きねばならない。

殺人者の苦悩を忘れたマルチェロは私のマルチェロではない。
だがそんな男に幸せなんて、あるわけがないのである。
彼はマクベスのように、それともリチャード3世のように戦場で死ぬか、
それともユダのように神殿の木に首を吊るしかない。

と思っているところに「放蕩息子」だ。(*「マタイ受難曲」JSバッハ)
どーすっかなー…というわけで、救済の可能性を探っている。

多分、T月さんのような手に汗握り、暖かい人間らしさを感じる小説でも、
Yまやさんのような躍動感のある洗練された活劇にもならないな!
Aさんのような詳細で膨大で複雑な背景のあるテリングでも
Uむーさんのような遊び心あふれるエンターテイメントでもない。
いわんや師匠のあの隠微で優雅な作品とも似つかない。

すげーつまんなくなるかもしれないが、なんの、なんの。
それがどうした!…という心意気でやるしかない。
私自身のことばでなければならないのだから、私の書くものは。

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だめだ、おかしすぎて腹がよじれる…アーノンクール…。

カンタータのDVDを買って見ているのだが、もうダメだ!
指揮しているアーノンクールがめちゃくちゃヘンな顔で、
テノール歌手がクネクネしてるよ…。
合唱隊が表情豊か過ぎるよ…。
聞いてられないじゃないか!(オナカイタイ)

そこで空手チョップするんじゃないの!>アーノンクール


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