終わらざる日々...太郎飴

 

 

- 2005年11月09日(水)

『第九』の轟くような合唱の中で、私はあの三つの音を思い出した。
いや、あの三つの音が私を捉えたのだ。

レ、ファ、ラ。

三つの音が私の周囲に寂しく渦巻き、私は憂いに沈んだ。
目を閉じれば音色は私をめぐり、その奥底に密かな喜びがあった。
同じ経験をしたことがある、


(こっぱずかしいことを書いていると気づいたので消去)



繰り返し、繰り返し。困ったことに!

授業どころではなかった。いやまったくだ。
ぼうっとするというのはああいうことだ。
何が耳に入り、何が見えるというのだ!

…そのときよりは幾分かマシだ。
だが同じ種類のことが起きている。
それは疑う余地もない。

私はまだあの(消去)のことを思い出すことができる、それは鮮やかだ。
この三つの音の記憶もまた私についてくることだろう。
この音は私のものだ。私に刻まれたものだ。


なお、オマケになるが、チェロの音色はともかく、
(消去)についての記憶の強制的な想起においては、
感覚の再現はほぼ顔の上に限定され、それ以外の部分には及ばなかった。
これはいったい、脳のどういう機能によるものなのだろう。
面白い話だが、謎は解けそうにない。


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