- 2005年10月25日(火) 院長の葬儀の時に降っていた霧のような雨は止んで、このとき団長室の窓のへりには月の光がかかっていた。喪に服する修道院はすべての灯りを消して、古代の廃墟のように静まり返っている。 「なあ兄貴。院長が死んじまったんだ。オディロ院長が、院長がだぜ?」 ククールは窓の外を眺めながら言った。青い幕の内側から答えはない。だが喋り続けた。絶え間なく舌を動かしていなければやってられなかった。 「ガキの頃から聞きたくもねぇのにクソ面白くないダジャレを枕元で延々と聞かされたり、こないだなんて、ちょっと顔見に立ち寄ったら半日でも平気で本棚の整理を手伝わされてよ。ゴーインな爺さんだからよ。俺は忙しいって言ってんのに、聞きやしねえんだぜ。もう二十歳も過ぎて、身持ち悪ぃって評判のこの俺をとっ捕まえてさ、『ご褒美に飴をやろう、ククール』ってんだ。おっかしくってさ。迷惑なんだよ。ああそうさ、いい迷惑だったさ」 ククールは唇を舐めた。部屋は静かだ。誰もいないように静かだ。 「―フン」 窓辺に腰をかけ、くくった髪を手持ち無沙汰な指先に引っ掛けて、玩ぶ。暗い部屋のさらに暗い一隅に、座り込んで動かない影がある。 「あんたのことをいつも言ってたんだぜ、院長は。『マルチェロは最近、顔を見せに来ないが元気じゃろうか』、『マルチェロは多忙じゃろうが、たまにはわしのだじゃれも聞きに来てくれんかの』、『どうじゃククール、マルチェロは皆に慕われておるじゃろうか』―。ホントに、あんたのことばっかだったぜ。そうだよ、顔を見せに行ってやりゃよかったんだよ。爺さん、あんたのことを待ってたんだからよ。そりゃ、あんたは忙しかったんだろうけどよ」 ククールはしばらく黙った。すすり泣きでもいいから何か聞こえてくればと思ったが、死そのもののような沈黙よりほかそこにはない。ただよう空気がひどく冷たく感じられて、ククールはケープを引き寄せた。 「あんたのことを心配してたよ。あんたのことを自慢の息子だって言ってた。やさしい爺さんだったよ。俺みてぇな穀潰しのことだって心配してくれてた。だけど、いっとう爺さんが心配してたのはあんただよ。愛してたのもさ。俺は院長の最後の言葉の意味がわかるような気がするよ。子供みてぇに神様を信じてる人だったから、きっと思ってたんだよ。自分の役目が終わるまで、神様はきっと生かしておいてくださる、ってさ…。だからきっと、死ぬ瞬間も思ってたよ。きっとさ、自分の役目は終わったんだ、だから死ぬことを許されたんだって。そう子供みたいに信じてたさ。オディロ院長の死に顔が安らかだったの、あんたも見ただろ…?」 なおも答えはなく、ククールは、ようやく諦めて立ち上がった。この部屋に来たのは何のためだったろうか。マルチェロを慰めたかったのか、それとも悲しみを分かち合いたかったのか。いいや、と、ククールは考える。いいや俺はそんなことを望みも予期してもいなかった。ただ思っただけだ。すぐに追い返されるにしても、兄がそこにいて、まだ生きていて、そして、俺もまたオディロ院長を悼んでいるんだってことを知ってくれれば、と。そう、思っただけだ。それがかなったのかどうなのか。出くわしたのは墓穴の中のような冷たさと空虚さだけだ。 「兄貴、なにか言ってくれないのか」 扉の方を向いたまま、ククールは呟いた。ひどく寂しく悲しかった。別れを告げるつもりで開いた口は、勝手に喋って、叫んだ。 「なあ、オディロ院長はもういないんだぜ。もう、ダジャレも言わない。もう、あんたのことを心配することもない。俺に飴をくれたりもしない。どうすればいいんだ? なあ、もうあの爺さんはいないんだぜ? どこにもだ! いったいどうすりゃいいんだ?」 暗がりが動いた。亡霊じみた動きだった。 「そうだ」 どこか遠いところから聞こえてくるような声だった。遠い昔か遠い彼方か。そうだ、この世の外ほども――あらゆる光の届かない。 「あんた…」 「私は院長のもとに出向かなかった。できるかぎりに避けた。わかるか? 私は恐ろしかった。私があの方の許しを、あの方の愛を求めていたからだ。それよりほかに真に求めているものなどなかった。訪れて―否まれたら? それこそ耐えられぬ。その場で死ぬよりほかにない」 それは子供じみたとさえいえる告白だったが切実さにおいて子供のものではありえなかった。ククールは理解した。これまでマルチェロを何一つ理解していなかったのだ。父親に捨てられ、母親に先立たれるとはどういうことだったのか。幼時の苦難がマルチェロに与えた深手とはどのようなものだったのか。そして誰をも愛さないように見えたマルチェロの情愛がどれほども深く、ほとばしるほどに豊かであったのか。 「だが、あの方はもはやいない。私を愛しもせねば、許しもない。この手に、この剣に、今さらいかなる価値がある? あの方を守るためにと鍛え、どのような苦しみにも耐えてきたが、必要なときには役立たなかった。彼方の大陸に、海の四方に取り戻す願いがあるなら旅立とう。だがない。財を捨て、権能を捨てもしよう、あの方の前にひざまずくことができるなら。今一度お言葉を聴けるなら。そうだ、あの方は私に呼びかけた。いつもだ。いつも呼びかけた。『よく来たな、マルチェロ。さて今日はとっておきのダジャレを聞かせよう。きっとお前も楽しんでくれると思うが』。私は何とも言えずに立ち尽くしていたものだ」 マルチェロはのろのろと歩んで、ククールの前に立った。月光がその顔を照らし、いかなる表情も許さない悲しみが緑の目の奥に沈んでいる。だが、ククールに後ずさらせたのは、奥深くから滲む、見捨てられたものの深く淀んだ怒り。それがどこに向かうのか、ククールは思うことすら恐ろしかった。 「どう、する気だ、あん…た」 途切れ途切れの問いは悪霊のように伸びてきた手にふさがれた。それはククールに触れることなく、だが圧倒するだけの憎悪を滲ませている。息さえ詰まった。 「どうして私はもっとしばしばあの方のもとを訪れなかったのだろう。どうしてあの方の話を聞かなかったのだろう? 取り返す術はないのか? 取り返しがつかないのか? もうけっして? もう二度と? だがほんの昨日までは何ほどのこともなくなしえたはずのことではないのか? ああ、呪われろ。呪われろ、誰も呪われろ。呪われて苦しんで死んでしまえ。あの方はもうどこにもおられぬのだ。そうだ、お前に用などない。立ち去れ、私に構うな。それとも…」 その次に起きたことを、ククールは旅の途上、しばしば悔いた。ククールはもはや声も出せず、逃げた。暗い団長室から。兄から。その狂おしく混沌と渦巻き出口を見出せずにいる憎悪と哀悼から。ひどく長くひどく暗い修道院の廊下をひた走り、追跡者の幻影に怯え、闇の中を抜けて、我に返ったのは自室の扉を閉めてからだ。震えやまない体を押さえ込んで、ククールはへたりこんだ。しばらくして壁の三叉が月の光に輝いているのに気づき、よろめきつつ立ち上がって歩み寄った。口づけして、泣きながら祈った。だが何を祈ったのかは、ついぞ記憶に残らなかった。だが何を祈ったにしろ、その祈りが聞かれなかったことは確かであった。 また熱が上がりそうだ…。<日本シリーズ 何考えてんだ阪神。あの負けっぷりはなんだ…!!!! 気を取り直して。 ところで『アンナ・マグダレーナ・バッハの年代記』ですよ。 DVDあったので買いました。見ました。 レオンハルトとアーノンクールが共演してますよゥ!!!! ありえねーくらいの豪華キャストじゃございませんか。 それで、およそ映像の楽しみを極限までそぎ落とした映画ですが レオンハルト=バッハがめちゃめちゃいい男ですよ。 ふくらはぎが細くても全然OK、受けだから(ヲイ) 激怒すると巻き毛カツラ外して「コノ馬鹿メ」つって投げるんですよ。 (いやそれは映画じゃなくて本のほうだ) 楽長(カントル)の黒いぴったりした細身の上着もかわえーですよ。 しかもその下は半ズボンで白クツシタですからね! ケーテン侯(アーノンクール)×バッハ(レオンハルト)とか どうですか。だめですか。だめですよね。ばっはっはっは。 -
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