- 2005年10月24日(月) カゼ引いて2連休。仕事行きたいのに!(号泣) というわけでやることもなくするほどのこともなくミサ曲漬け。 グローリアで震えがきてます。ヤバい。ヤク中のようだ。 「マタイ」より純化され、永遠の彼方の神に向けられた歌と音楽は、 文学的な意味ではドラマを欠いているのだが、 音楽的にはきわめて豊かで、表現だけで人を逸らさないものだ。 考えてもみてほしい。 「キリエ・エレイソン、クリステ・エレイソン」と25分叫ぶだけだ。 しかも私はうっとりしていて終わったことにも気づかずにいる。 これが文字でありえただろうか。まったく文学とは片輪にすぎない。 表現だ。表現なのだ。このようなものを筆が書けたためしはない。 魂から迸る光のようだ。人は弦の音色で嘆かねばならず、 憧れは金管楽器で叫ばれねばなるまい。本当だ、これは本当だ。 だが人間がオーケストラのように各々話し出せばそりゃえらいことだ。 それで、『ジョジョ5部』についてちょっと。 これって、ブチャラティ=キリストではないの? パッショーネ=パッション=受難物語だしさ。 そうするとジョルノの役回りはなんだろう。 大急ぎで書いてみよう。 ツライ。 -
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